第55話 協会的目標

 やたらに長い階段を駆け上がった先。煤けた臭いはダクトを伝って昇ってきていたものの、火の手はまだ回ってきていない。

 僕らは天井にぽっかり空いた穴を見た。それは下降したまま止まっている航空機用エレベータの開口部であり、この場所が発着デッキ下に置かれた格納庫であることを示していた。

 後は中型マキナ輸ピギー送機ストークスバックの発進準備をしながら、ファティマとアポロニアの合流を待つのみ。

 そう思った矢先。


「おい恭一、あれ見ろ!」


 髑髏に呼び止められて周囲を見渡せば、シューニャのベルトに揺れる黒い眼孔は、壁際の1点に向けられていた。

 そこはマキナ用の整備ステーションが並ぶエリアらしい。当然の事ながら、自分たちが暴れ回ったおかげでほとんど出払っていたが、ダマルは残された1機を見逃さなかったようだ。


「あれは――尖晶か? 動かせればいいが」


 判断を迷う暇はない。

 咄嗟に足の向きを変え、壁際を目指して走り出せば、たちまち背中に困惑した声が飛んできた。


『何をしているの? そんなもの別に、貴重でもなんでもないでしょう?』


「そうじゃねぇから言ってんだよ! シューニャ、行け!」


 井筒少尉は現代の文明状況を知らないらしい。ダマルに鋭く止められてもなお、自分を追って走り出すシューニャの背を怪訝そうに眺めていた。

 とはいえ、誰が教えずとも外へ出れば分かる話である。僕は背面を開いたまま脱力している尖晶の中に滑り込んだ。


『状態バニラ、機体のパーソナライズはされてない。操縦系接続、スクランブル起動開始』


 背面が閉じれば、モニター上にGH-M300-A-2の文字が浮かび上がる。


 ――先行量産型が、なんでこんな所に。


 配備が追いつかなかった尖晶の中でも、A-2型と言えば特に珍しいモデルだ。

 防御力を向上させながら機動力を落とさないよう工夫したら、操縦特性がピーキーになりすぎてしまって正式量産タイプをB-1型に譲ったとか。過去にそんな噂を聞いたことがある。

 ともあれ、貴重な戦力であることに変わりはない。

 中央から開けていく視界。外から見れば、アイ・ユニットが青く輝いたことだろう。


「ステーションロックボルト、強制解除!」


「っ……これで!」


 ドスンと音を立て、身体の拘束が外れる。

 普段は使わない緊急用の方法だが、シューニャにやらせるとあってダマルは楽な方を選んだらしい。

 しかし、その後先を見ないやり方に、井筒少尉は後ろで腕を組んでいた。


『呆れた。本当の目的は空き巣ってこと?』


『そうでもないが、世界情勢の都合で贅沢言ってられな――』


 等と言い訳がましく訴えようとした矢先、非常階段らしき扉が蹴り開けられ、煙と共に人影が転がり出てくる。


「ひー、ひー……おにーさぁん、シューニャぁ……」


「げぇほげほ……ど、どうにか、追いつけたッス」


「ファティ! アポロ!」


 煤塗れの体をシューニャがまとめて抱きとめれば、ファティマとアポロニアは安堵からか、揃ってふにゃりと表情を緩めていた。

 とはいえ、内心気が気でなかったのは僕の方だろう。流石に鋼の手では怪我をさせてしまいかねないので自重したが、尖晶を着装していなければ3人揃って抱えていたかもしれない。


『よく頑張ってくれた。2人とも怪我は?』


「見ての通りピンピンしてるッスよ。煙に巻かれて死ぬかと思ったッスけど」


「ボクもかすり傷です」


 これこれ、とファティマは自慢げに腕に巻いた包帯を見せてくる。それだけでも十分、胸が申し訳なさでいっぱいになるのだが、ともかく今は誰も欠けなかったことを喜ぶべきだろう。

 否、増えた奴も居る訳だが。


「誰か俺の事も心配してぇ……ってありゃ? 井筒少尉? なんで?」


 何故か骸骨ボディを背負わされ、床に膝をついている男。どこか軽薄そうな雰囲気の彼は、ぜーはー言いながらも不思議そうに瑪瑙を見上げていた。


『説明は後よバグナル。生きていたければ、あれのコックピットに座りなさい』


「え゛っ? 俺、航空機の操縦なんてデータ上でしか知らないんですけど」


『やらないというなら、縛ってここに置いていくわよ』


 元々は仲間だっただろうに、そう仲がいい訳でもないのか。少尉らしいと言えばらしいドライな人付き合いの対象らしく、まるで見下すように白くアイユニットを光らせる。

 トリセディが健全な状態であれば、それでよかったのかもしれない。バグナルと呼ばれた彼は、顔を引き攣らせて躊躇うような雰囲気を見せたが。

 直後、ズンと腹の底を揺するような爆発音が轟いた。


「お、おーけー、選択権は無い感じなのね……」


『分かったら早く起動させて』


 フラフラとピギーバックに乗り込んでいく背中から、どことない哀愁を感じつつも、同情している暇はない。


『目につく物だけでも回収しよう。少尉、悪いんだが――』


『はいはい、手伝えばいいのでしょう』


『すまん。シューニャとアポロは機内へ。勝手に飛ばさないよう見張っていてくれ。ファティはこっちを頼む』


 言ってからは早かった。

 放置されたままの武器弾薬はそれなり多く、以前失った収束波光長剣やマキナ用の機関銃に散弾銃。

 果ては重電磁加速砲やらまで出てきて、運ぶのに難儀はしたものの、マキナ2機分の力技で輸送機の中へ突っ込んだ。

 とはいえ、限界もある。


『ちょちょちょ、そろそろ本気でヤバいって!』


『まだ! キョウイチたちが戻ってない!』


『逃げないから引き金に指かけないで!? ちょっと離れるだけだよ! マキナなら届くから!』


 ダクトから吹き出した火炎に、近くで弾薬箱を運んでいたファティマが、あちゃちゃと言って跳び上がる。

 施設の経年劣化が問題か、あるいは防火設備の不具合か。想像していたよりもずっと火の周りが早い。


『ここまでだ! 退避するぞ!』


「ふにゃっ!?」


 強化歩兵服装備なら大丈夫だろうと、マキナを着装したままファティマを抱え上げて地面を蹴った。

 自分たちの後を追うように、各所で強度を失った構造物が崩れ始めており、ピギーバックは今にも逃げようと機体を浮かせていた。

 しかし、マキナの推力があれば問題はない。


「キョウイチ! ファティ!」


「ご主人!」


「馬鹿! ランプから離れろ! 入って来るぞ!」


 重い鎧を着ていては、伸ばされた手に縋ることなど許されるはずもない。

 ダマルの声に2人が体を退くや、先行する瑪瑙がひらりとピギーバックに飛び移る。

 だが、井筒少尉は奥へ進もうとせず、その場で機体を翻すと、こちらに向けてマニピュレータを広げた。


「おにーさん、あれ」


 装甲にしがみつくファティマにも、その姿は見えていたのだろう。

 空戦ユニットがあるならともかく、力任せな跳躍だけを前提としたジャンプブースターによる空中機動で、僚機のマニピュレータを掴むような精密動作は難しい。

 それでも彼女が手を伸ばすのは。


『推力不足の心配などないというのに、不器用も変わらずらしい』


 ジャンプブースターを連続で吹かしつつ、空いた左手を伸ばせば、程なくして金属同士が擦れ合うような音が響き渡る。

 そこからはあっという間だ。翡翠を元とした現地改修機のパワーにより、マキナの中でも軽量な尖晶はランプの上へと軽々引っ張り上げられた。


『試したな』


『信頼にも確認は必要でしょう。中隊長?』


 ぴょんと腕の中から飛び降りるファティマを尻目に、僕は小さく肩を竦める。

 その後ろでは、小さくなっていく景色を眺める、いくつもの目があった。


「トリセディが、燃える」


「もう来ることもないでしょうけど」


「あれじゃ、なんにも残らないッスね」


 本来ならば残すべきであろう古代の施設が、また1つ炎の中へ消えていく。

 それに大した感傷を抱かないのは、自分が酷薄だからだろうか。


「ただの部品探しが、とんだ遠征になったもんだぜ」


 やれやれ、と言いながらピギーバックのコックピットから姿を現すダマル。どうやら兜は失われたらしく、髑髏をそのまま外気に晒していた。

 尤も、今更隠した所でどうなるものでもないだろう。事情を説明する必要はあるかもしれないが、ともかくとして。


『それもようやく終わりだ。操縦士、座標情報を送る。海面すれすれまで降下してくれ』


 後はルウルア達を回収して帰るだけ。

 そう告げた途端、コックピットから嫌そうな顔がこちらを覗きこんだ。


「あの、本職じゃないんですがね……ポチャっても文句言わないでよ?」


『死にたくなければやり遂げなさい。失敗が許されない状況なのは分かっているでしょう』


「俺だけ割食ってる気がするよォ」


 どうやら、井筒少尉と捕虜である彼との力関係は、中々に一方的なモノらしい。

 誰に対してもこんな感じだった気がしなくもないが。





 黒い地面を眺め始めてから、どれくらいの時が流れたのだろう。

 俺は眠気の残る眉間を揉みながら、意外にもジッとしている青銀の頭に声をかけた。


「どうだ?」


「ぜーんぜん。うごかないよ。アラン兄ちゃんもみて」


 不釣り合いな程大きなソウガンキョウを覗き込んでいたポラリスは、それをこちらに差し出しつつ、プルプルと首を横に振る。

 余程長い間、睨みつけていたのだろう。目の周りにくっきりと輪っかができていた。

 笑いそうになったのを咳払い1つで誤魔化し、俺はポラリスに代わってソウガンキョウを覗く。

 その先に見えるのは、着陸したまま動かないユソウキと、その周囲に展開したまま固まっているバイオドヲルとかいう連中の群れだ。


「……何か企みがあるのか。それとも単純に攻撃を躊躇っているのか」


 正直、俺には全く理解が及ばない。母なら何か分かったのだろうか、と悔しくなるくらいに。

 アマミ隊長に呼び出され、俺たちがテクニカへと到着してから程なく、連中は空を飛んでやってきた。ビィトゥエンティ曰く、ここまでは予測通りであったらしく、テクニカの連中はいつでも戦えるよう備えている様子だった。

 しかし、それから今に至るまで、俺は1つの閃光すら目にしていない。それどころか、敵に全く動きが見られないのだ。


「こっちからやっちゃう?」


「増援を待っているなら、先に仕掛けるべきだろうが……うぅん」


『ここまで、通信波は一切検知されていない。敵の意図は不明だが、攻勢を躊躇っているのなら好都合だ。時間は我々にとっても有益に働く』


 いい加減焦れてきているポラリスと、一方で感情の読めないレシィバァからの声に、俺の悩みは深くなる。

 焦れているのは自分も同じ。いつまでもにらめっこではこちらも疲れてしまう。いい加減、そう進言すべきかと思った時。


『上空に大型の熱源反応を検知』


 たちまち空気に緊張が走る。一瞬肌寒く感じたのは、ポラリスが警戒態勢を取ったからだろう。


「敵か?」


 レシーバーに問いながら、地形の影に隠してあった父譲りの愛機、ノルフェンの背中を大きく開かせる。

 来るなら来い。ここまで訓練を続けてきた成果を見せてやる。

 そう意気込んで、いざ機体の中へ踏み込もうとした矢先。


『いや、どうやら賭けは我らの勝ちとなったようだ』


『テクニカ管制、応答せよ。こちらピギーバック。ポート4への着陸を要請する』


 ザラザラとした音が混ざる中、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。

 このレシィバァに届くと言う事は、同じ暗号を使っているということ。なら、多少不明瞭でも疑いようはなかった。

 ゴォと音が近づき、こちらの頭上に影を落としながら飛んでいく大きな鳥。見た目こそ敵のそれと同じだが、ノルフェンの識別信号は友軍を示す青色だった。


「あれ、もしかしてキョーイチ? おーい!」


『要請を承認する』


 手を振るポラリスが空から見えたかは分からない。

 ただ、その機体は味方達からの攻撃を受けることもなく、すんなりとテクニカの中へ消えていったのだった。

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