第56話 昔と違う貴方へ
曰く、テクニカを襲撃に出ていた部隊は、その全てがマハ・ダランの破壊によって機能を停止したらしい。
となれば当然、敵だった存在は物資に代わり、テクニカの人々はルウルアからの指示を受け、バイオドールを含めた古代技術品の回収に精を出していた。
それらの報告を受けたB-20-PMは、新たなバイオドールのボディにシステムを移すことに味を占めたらしく、自分たちの前で平然と椅子に座っている。
『更新された情勢の登録申請を完了。中央委員会からの異議申し立てがなければ、脅威レベルは平常まで引き下げられる』
「んじゃ、いよいよ俺たちの仕事は終わり、ってことでいいな?」
新たなC型ボディとなった彼は、いつぞやのドンゴロスヘッドに逆戻りしたダマルからの問いかけに、その通りだと頷く。
一方、B-20-PMの隣で、戦闘時とは打って変わってビッグサイズの服をゆったりと身に着けたルウルアは、腕を組みながら微妙な表情を見せていた。
「色々世話になったね。まぁ、1個だけ気に入らないこともあるけど」
「君の心情が穏やかならざることは理解している」
後にダマルから聞いた話ではあるが、ネオキノーである2人は、戦闘にかかる思考をマハ・ダランによって強制されていたという。
しかし、それだけでテクニカを襲撃し、ルウルアの弟妹に犠牲を強いたことが許されるかと言えば話は別だ。こと、狙撃という手段で直接手を下した井筒少尉に関して、ルウルアが簡単に許せないであろうことは想像に難くない。
それでも、あるいはだからこそ。
「だが、井筒タヱ少尉及びバグナル・バグレイ・ボベリ曹長の処遇については、こちらに預けてもらいたい」
「それってつまり、ウチの頭吹っ飛ばしてくれたことは、ぜーんぶ水に流してくれ、って言ってる訳?」
ジトリとした目に睨まれる。
スゥが最後に伝えてくれた言葉。忘れないで欲しいというあの声を、僕はしっかり覚えている。
それでも、少尉の身柄を預かることを選んだのだから、これは自分の部下に対するエゴイズムでしかない。
「君には、すまないと思っている」
僕は深く深く頭を下げた。
許してもらえるとは思っていない。むしろ、二度と口をきいてもらえなくなるかもしれないとさえ。
しかし、暫く沈黙していた彼女は、呆れたようにため息を吐いた。
「ったく、そんな顔しないでっての。妹のことを許すつもりはないけど、アマミが決めたことなら従うよ。少なくとも、皆を守ってくれたんだから、その分でね」
半透明の髪を揺らしながら、ルウルアは僕の真正面まで歩み寄ってくる。
身長の差から、少し上目遣いになるその顔には、何処か悪戯っぽく笑っていた。
「その代わり、どっかでウチと相性良さそうな旦那、探してきてくんない? もし見つかんなかったら、アンタを食っちゃうかもしれないけど」
ポン、と軽く握った拳が胸に当てられる。
彼女らしい気さくさと言うべきか。それに救われた気がする一方、とんでもない不適材不適所を与えてくれたものだと笑いが零れた。
「それは怖いな。肝に銘じておこう」
「なぁにが怖いだ、このクソスケコマシが。まんまの意味にとってんじゃねーよ」
小声で骸骨が何か呟いていた気がするが、とりあえず聞かなかったことにしておこう。
きっと自分は間違っていないはず。何せ、キメラリア・クヴァレの元となった生物はクラゲなのだから、頭から飲み込まれてしまう可能性も捨てがたいのだ。
ともあれ、良縁があれば紹介するとしようと心に決め。
『企業連合軍によるテクニカへの緊急事態契約は完遂された。同時にテクニカの管理システムは、本日までに確認された情報から、世界情勢の把握が急務であると判断している』
B-20-PMからのまた奇怪な発言に、僕とダマルは揃って首を傾げさせられた。
「だとして、どうするつもりだよ? お前は動けねぇだろうし、情報ネットワークなんざ世界の何処にも残ってねぇぜ」
『各国の状況は、中尉の言う通り絶望的だろう。だが、諸君らのような独立した文明勢力が残存している可能性は捨てきれない』
自分たちと彼との間に、テクニカを示す立体映像が浮かび上がる。
その1点、通信設備機械室と記された1か所が赤くスポットされた。
『故に当機はテクニカ中央委員会に対し、動力事情で停止していた大型通信設備の再起動を行うと共に、全世界に対してビーコンを発信することを提案している。90日間の採決猶予期間を経た上で否決相当の連絡がなければ、管理権限者代理の独自裁量の行使により実行される』
「古代文明の生き残りを集めようと?」
「あんま意味があるたぁ思えねぇが」
確かに高出力のビーコンなら、通信機さえ持っていれば受信は可能だろう。それを頼りとして集まってくる者や、情報収集のために動き出す組織もあるかもしれない。
しかし、何の為に集めるのか。自分たちの疑問に、B-20-PMはテクニカの憲章らしき文言を持ち出した。
『テクニカという施設が存在する最大の意義は、人類文明の保存及び進歩だ。安全が確保された今、我々には前者に相当する活動が必要と判断された』
実に機械らしい、ともすれば馬鹿馬鹿しい仕事ぶりというべきだろう。
意味の有無に関わらず、与えられたことはこなさねばならない。スイッチを押された掃除機が、ひたすらにゴミを吸いこむように。
ともあれ、管理権限者代理の決定である。僕とダマルは揃って小さく頷いた。
「そう言うなら、俺たちが口挟むことじゃあねぇやな」
「自分たちの任務は完遂された。以後、御施設の意義成就と発展を祈る」
『企業連合軍天海恭一大尉、並びに麾下部隊員らの尽力に感謝する。テクニカはいつでも、貴官らを歓迎しよう』
■
「挨拶は終わった?」
骸骨と並んで格納庫の扉を開けば、すぐに翠色の瞳と視線がぶつかった。
どうやら戦利品の片づけをしてくれていたらしい。弾薬箱を抱えたシューニャが出迎えてくれる。
「ああ。渡すべきものは渡したし、貰うべきものは貰った。後は帰るだけだ」
「よかった。これで少し、ゆっくりできそう」
彼女はどことなくホッとした雰囲気を見せる。その心配を積上げたのは、やはり己の選択なのだが。
――自分だけの体じゃない、か。慣れないものだな。
背負うと決めた物の重さに苦笑が零れる。僕は決して強くないのだと。
ただ、シューニャの背後から、青いインナーカラーが目立つおさげ髪を揺らす女性が現れれば、いつまでも情けない顔をしてはいられなかった。
「その言い方だと、生きているベースがある、と思っていいのかしら?」
帰る、という言葉に反応してか。井筒少尉は自分たちの拠点を、基地施設か何かと勘違いしているらしい。
これもまた、彼女らしいといえばそうなのだが、お堅い言葉に隣で骸骨がカッと笑う。
「保証してやるぜ少尉さんよ。今から向かう先で、アンタが思ってるような景色は出てこねぇってな」
「今の時点で十分驚いてはいるのだけれど。貴方のことも、彼女たちの事もね」
少尉が肩越しにチラと視線を流した先。オレンジ色をした長い尻尾が、玉匣の後部ハッチから飛び出していた。
僕はコスプレだのという世界をあまり詳しく知らないが、体温を持ち自由に動き、時には毛を膨らませたりもする尻尾というのは、流石に行き過ぎた動物感だろう。触り心地も抜群だが、デリケートな範囲らしくみだりに触れてはならないところまで含めて。
「世界が丸っと変わっちまったんだ。耳やら尻尾やらが生えていようが、骸骨が闊歩してようが別に構いやしねぇだろ。おい優男、エンジン起動しろ」
800年前には考えられない存在。その当事者でもあるダマルは、早く慣れろと言わんばかりの様子で、ひらりと白い手を振りながら、輸送機の傍らで荷を抱えていたバグナルへと声をかけた。
「え? 陸路じゃないの?」
「航空機があるってのに、誰が好き好んでこんな荒野をチンタラ走って帰るんだよ。さっさと起こせ」
「へーい……」
扱いの雑さは男性故か。ダマルらしい振る舞いに、彼はぐんにゃりと体を曲げながらトボトボとコックピットへ歩いていく。
元々はバイオドール技官だったとか。それが何故ネオキノーとなったのかは知らないが、今は貴重な航空機パイロットだ。専門外を押し付けて申し訳ないとは思うが、捕虜待遇を解く条件として呑んだ以上は頑張ってもらおう。
そして、元から捕虜ではなかったもう1人。
「――少尉。君はトリセディで、原隊に復帰すると言ったな」
以前からよく知る彼女は、相変わらず澄まし顔のまま、ええ、と短く答える。
聞きたいことは山ほどあった。だが、それも生きているなら急ぐことでもない。
ただ、1つを除いて。
「企業連合はもうない。守るべき国も、その名を冠した軍も、全てだ」
「でしょうね。テクニカがこの有様なら、不思議じゃないわ」
「それでも」
言葉を切って、黒い瞳に視線を合わせる。マキナであれば、きっとロックオン警告が鳴り響いていただろう。
「それでも君は、僕の部下なのか」
過去に固執する必要なんてない。自分はそう言いたかったのだろうか。
あの日、殿を務めて部下を行かせたのは、指揮官として正しかったとは言えないだろう。たとえそうする事で、1人でも多くを生かせると信じていても、長たる存在が進んで先に倒れたのなら、それは責任の放棄に等しくもあるのだから。
中隊長。未だそう呼ばれる資格が、自分のような者にあるのか。束縛する法も規律も無くなったこの時代に。
「……任を解かれていないもの。あの日からずっと」
ポツリ。まるで自分に言い聞かせるような声だったと思う。
小さく拳を胸の前に握り、彼女はどこか躊躇いがちにこちらを望んだ。
フッと笑いが零れる。それが感謝からだったのか、あるいは自嘲によるものだったのかは、自分にも分からないが。
「タヱちゃんらしいな」
「その呼び方は止めて」
ギッと睨まれてしまった。
誰が呼び始めたのだったか忘れたが、自分も知らず知らず染まっていて、以前にも何度も怒られた気がする。
ただ、そう呼ばないと返事をして貰えなかった事も過去にはあったので、実は本人としても満更では無いのでは、と勝手に思っているのだが。
「キョウイチ」
「ん?」
ツンツンと引っ張られた袖に振り返れば、少し目元を曇らせたシューニャが、こちらをジッと見上げていた。
「まだ、増やす?」
「増やす? 何のことだい?」
「スケコマシってことですよ」
いつの間に近付いてきていたのか。井筒少尉の背後から金色の目が爛々と覗いており、その下では呆れ返ったような顔が2つ並んで見えた。
「別に今更な気はするッスけどぉ」
「キョーイチはみさかいがないからなぁ」
両手をひらりと上げてみせるアポロニアと、梅干しのような顔をするポラリス。
その発言からゾワリと背中に嫌なものが走った。
「ちょっと待て。君ら何の話を――」
「中隊長」
ドキリと心臓が跳ねる。ついでに胃が締まった気がした。
「貴方のプライベートを覗いたことはなかったけど、これが現代、ということかしら?」
氷よりもなお冷たい視線、と言えばいいか。なんならさっきより1歩半以上、物理的な距離が開いている気さえする。
当然だろう。井筒少尉はネオキノーになってもなお、中身の倫理観は800年前の人間そのものなのだ。重婚に違和感のない現代思考がそのまま通じる訳もない。
おかげで僕はしどろもどろだった。
「ま、待て、誤解しないでくれ少尉。いや誤解でもないかもしれないが、これには色々と訳があってだな」
「何を慌てているのか知らないけれど、別に興味ないわ」
小さなため息を残し、彼女はくるりと踵を返す。
本当に興味が無いのか、あるいは知らぬ存ぜぬを貫く優しさだったのか。どちらにせよ心が痛いのに変わりは無い。
「――先へ進めたのね、貴方は」
ぽつりと零された小さな呟きの意味が、前途多難に頭を抱えた僕には、よく分からなかった。
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