第61話 休暇に対する熱意

 ガタガタと揺れる硬い椅子に、並べられたコンテナとマキナ。辺りには油と金属の匂いが漂っている。

 プライベートジェットだと思えば悪くもないが、遊びに行くにしては少々物々しすぎる気がしてならない。何せ側面の乗降用扉を除けば、窓の1つすらないのだから。

 それでも、身内たちは皆楽しそうではあった。結局、夜光協会の面々以外は誰も連れていけなかったが。


「時勢が悪かったなぁ」


「王都は絶賛復興中ッスからね。遊びに行くなんて考えられないんスよ」


 王宮貴族筆頭のチェサピーク兄弟はダメ元で予想通り。同じ理由でマティ・マーシュも殺到する求人依頼を捌くのに忙殺中。夜鳴鳥亭のコッペル一家は治安の悪化から店を空けることが難しい様子で、ウィラミットは先に渡した衣料品の研究と試作でゲッソリしながらウフフと笑っていた。

 休暇が必要なのはむしろ彼らの方な気もするが、無理に誘う訳にも行かず、結局は夜光協会員だけで飛び立っていた。


「ま、いいじゃないッスか。今回はタヱちゃん達の歓迎もあるッスから」


 ねー、と楽しげに顔を向けたアポロニアを、井筒少尉はチラと一瞥し。


「別にそんなことしなくても――待って。今、なんて呼んだ?」


 興味なさげな声ながら、咄嗟に彼女を二度見していた。


「タヱちゃん、ッスよね? あれ、違うッスか?」


 何かを期待するようにブンブンと振られる尻尾。キメラリアであるアポロニアとしては、やはり自身を差別的に扱わない人には好意を抱くらしく、距離を縮めようとしたのだろう。

 一方の少尉は、一瞬呆気にとられた様子だったが、ほどなくしてジトリとした半眼でこちらを睨んでくる。


「……中隊長?」


「親しみがあっていいじゃないか。僕ぁ中々慣れなかったけどね」


「貴方ね……そもそも、ちゃん、って呼ばれるような年齢じゃ――」


「じゃあなんて呼べばいいッスか?」


 沈黙。

 咄嗟に自身の呼び名が出なかったのだろう。何せ隊の中では基本的に、タヱちゃんだったのだから。

 言い始めたのが誰だったかは思い出せないが、最初自分も戸惑ったことを覚えている。とはいえ、今となっては遥か昔の話に過ぎないが。


「作戦中はともかく、普段からずっと井筒少尉、では堅苦しすぎるだろう」


 なぁ? と周りに顔を巡らせれば、皆も同調してくれる。


「うーん? 私の場合は、タヱと呼び捨ての方がいいかしら?」


「タヱちゃんの方がかわいーじゃないですか。ボクは好きですよ」


「だからそういう――!」


 マオリィネとファティマの一方的な答えに、井筒少尉は流石に苛立ちが募ってきたのか、あるいは単なる照れ隠しか。腰の横で拳を握りこむ。

 しかし、その袖をツンツンと引く影があった。


「タヱ姉ちゃん?」


 決まったと思った。

 ポラリスとしてはただ自然に、自分らしい呼び方をしたに過ぎないのだろう。

 しかし、10歳以上歳の離れた少女に、これでいいかと問いかけられて無下にできるはずもない。

 そう言い切れるのも、僕は少尉の趣味を知っているからだ。あるいは、隊全員が暗黙の了解としていた、と言ってもいい。

 少尉は小さくて可愛い物が好きなのだ。それは動物や子ども、あるいは人形のような。

 うっ、と喉を詰まらせた彼女は、程なくして額を支えながら大きくため息をついた。


「……もういいわ、好きにして」


『驚いたなぁ、あのクールな少尉が折れるなんて』


『ウチのおチビは最強だってこった』


 無線越しに聞いていたのだろう。コックピットの住人たちの、あまりに軽い口調の会話がスピーカーから零れてくる。


『ねね、じゃあ俺は?』


「「「バグさん」」」


 井筒少尉を除く女性陣の声が綺麗にハモった。


「よかったわね。まともなあだ名で」


『なんか俺、問題起こしそうな名前にされてない?』


『俺ぁネオキノーの整備方法はサッパリなんだが、呼び名通りになった時ゃアレか? 斜め45度からぶっ叩きゃいいか?』


 カッ! カッ! とスピーカーの向こうで骸骨が笑いを堪えながら言う。

 バイオドールの内部構造などは詳しく知らないとはいえ、流石に古のテレビでもあるまいし。


『あーその、せめて優しめにお願いしていい? 俺、痛いの嫌いなんだけど』


「じゃあ、壊れた時はボクがやりますね」


『話聞いてた?』


 長い尻尾をブンと振ったファティマに、バグナル軍曹は声だけでも青ざめたのがわかる。

 キメラリア・ケットの全力斜め45度チョップは、常人が受けたら頭蓋骨陥没待ったなしだろう。加減などというものは、彼女に求めるべくもないのだから。


「そういえば少尉。君の瑪瑙は翡翠のバリエーションモデルなのかい?」


 ふと視線の端に止まった濃青のマキナに、以前感じた疑問をストレートにぶつけてみる。

 すると彼女は少し考えてから、いえ、と首を横に振った。


「独立国家共同体の独自改修型だから、玉泉メーカーは関わっていないわ。私が使っていた翡翠をベースに、ネオキノーやバイオドールによる操縦に最適化しているそうよ」


「あの国にマキナを改修するような技術があったとは驚きだ」


「多分だけれど、青金のバイオドール運用から技術的なフィードバックを受けたのでしょう」


 独立国家共同体といえば、国産マキナメーカーを持っていない、軍事面においては企業連合に依存していた国である。

 そこが部分的な改良とはいえ、マキナをバイオドールによる操縦に適合させるとは。自分はかの国の技術力を侮っていたのかもしれない。

 ただ、それ以上踏み込んだことを聞こうとした時、スピーカー越しの声に再び会話を遮られた。


『興味深ぇ話だが、お喋りはそこまでにしとけ荷物共。見えてきたぜ』



 ■



 全面に広がる美しい青に、そこへ続いていく白の砂。上空には僅かばかり、パンのように浮かぶ雲が散りばめられ、遠くには微かに波音も聞こえてくる。

 そこへ飛び出す小さな影があった。


「うーみーだぁぁぁぁ!」


「こらポラリス! 急に走らないの!」


 本当の姉か、あるいは母であるかのようにマオリィネが鋭く注意しようとも、テンションマックスのポラリスが聞くはずもない。

 砂浜を波打ち際まで駆けて行ったかと思えば、おうおうおー、と雄たけびのような歓喜の叫びを響かせていた。

 そんな彼女から目を離さないようにはしつつ、眩しい砂浜に目を細める。


「……ビーチだとは聞いていたが、まさか無人島とは」


「中々イカスだろ? ポロムルの船乗り連中から聞いた穴場さ」


 いつの間に、と思わなくもないが、ダマルは言葉通りの骨身を下手に曝け出せないという事情がある。故にあらゆる伝手を駆使して、無人島という結果を導き出したのだろう。

 ただ、それを聞いた途端に、カエルの潰れたような声を出す者も居たりする。


「げっ、それじゃ酒場も宿屋もないってことッスか」


「安心しろぃ。酒ならしこたま買い込んである。なんなら古代の掘り出し物も引っ張ってきたぜ。飲めるか分かんねぇけど」


 と、何処から取り出したのか。骸骨は懐かしいデザインのアルミ缶を手の中でプラプラと遊ばせる。

 テクニカで薬品を探していた時、稼働状態を維持していた抗劣化庫から見つかった物だろう。現代的には奇妙極まるパッケージに、アポロニアははてなと首を傾げていた。

 一方で。


「ボクはお酒より寝床が心配です。ぴぎぃばっくの椅子は固いんですよ」


「そんな風情のねぇ真似するかよ。あれを見ろ」


 不服そうなファティマに対し、ダマルはその白い指を、砂浜から少し離れた茂みへ向けて突きつける。

 ちょうど木陰になっていて薄暗いそこに目を凝らせば、奥の方に明らかに不自然な建物が浮かび上がった。


「ログハウス?」


「おうよ。なんでもここは船乗りの避難地でもあるらしくてな。オーシャンビューホテルとまではいかねぇが、これはこれで雰囲気出るだろ」


「避難小屋という訳か。よく見つけてくるねこんなの」


「どーだ! これが休暇に対する俺の熱意よ」


 腰に手を当てて笑う骸骨。コテージ紛いの寝床まで見つけてくるとは、自分としては本気で脱帽である。

 ただ悲しいかな。多くの者にはその過ぎたると言うべき努力が伝わらなかったようで、ダマルに対してかなり好意的なジークルーンでさえ、反応に困ったような笑みを浮かべるばかりだったが。


「みんなー! はやくはやくー! ヒコーキで着替えー!」


 キィンと耳に響く大きな声。

 ポラリスは飛ぶように戻ってくるなり、未だ状況が掴み切れていない女性陣へと絡みつき、その中で最も動かしやすそうなシューニャの手首を掴まえた。


「わ、わかった。わかったから引っ張らないで」


「何かに着替えるんですか?」


「この間、ウィラミットに頼んでた服だと思うッスよ。詳しいことは知らないッスけど」


「ジーク、ダマルから何か聞いていない?」


「わ、私は何にも……クリンは?」


「存じ上げません。そもそも、私のような召使の分まで準備してくれているなんて……」


 怪訝そうな声を上げはすれども、結局彼女らは白魔女様の勢いに押されるがまま、再びピギーバックの中へ戻っていく。

 当然と言えば当然か。何せあの中で、海水浴なるものをイメージできているのはポラリスだけなのだから。

 しかし、彼女の先導に不安がないと言えばうそになる訳で。


「少尉、悪いんだが」


「向こうを手伝ってくるわ。あの様子だと、本気で何も説明していないのでしょう」


 800年前を知っているもう1人の女性は、ため息ついでにジトリと骸骨を睨みつける。

 尤も、その程度で骨が怯むはずもないのだが。


「その方がおもしれぇだろ」


「一理あるね」


 バグナル軍曹は思考がダマルに近いのかもしれない。よくわかっているじゃないか、とでも言いたげに腕を組んで鷹揚に頷く。

 ため息もう1つ。


「……貴方たちが馬鹿なのはよくわかった」


「「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」」


「あはは……」


 井筒少尉は声を揃えた古代パリピモドキ2人の叫びを気にも留めず、ただ小さな苦笑いを零したサフェージュだけをちらと一瞥して、長いお下げ髪を揺らしながら女性陣を追っていった。

 すると残された側には一気にむさ苦しい空気が立ち込める。自分としては、この方が気楽と言えなくもないが。


「さぁて、僕らも着替えるとしようか。ビーチに来た以上は、ふさわしい恰好をしなければ失礼というもの――何か?」


 大きく伸びをした矢先、顎を擦るバグナル軍曹の視線が刺さる。


「いや、意外だと思ってね。天海大尉はお堅いだけの優男だとばっかり」


「どんな偏見だいそりゃ」


 人の事をなんだと思っているのか。確かに職業軍人の道を選んでからはあまり娯楽に縁がなかったものの、軍学校に入る以前は極めて普通に遊び回っている子どもだったのだ。

 むしろ、何かと面倒を見てくれた笹倉大佐からは、ボーっとするな、お前は気が入っているように見えん、なんてよく怒られたくらいである。

 軍曹は知り合って間もないために、自分の本質を理解できていないのだろう。サフェージュとダマルは、僕の苦笑にうんうんと首を縦に振った。


「普段の兄さんは、結構楽しい人だと思いますけど」


「ノリもそれなりにいいからなコイツ」


「人並だよ人並」


 同調というより誇張されている気がして、ひらひらと手を振って訂正する。特に骸骨。

 そんな自分の反応に、軍曹はほほうとまた顎を掻いていた。人間観察の趣味でもあるのかもしれない。


「隊長、それで?」


「うん?」


 いい加減話題の脱線が気になったのか。アランは腕を組んだまま、感情の読み取れない顔で首を傾げる。


「ふさわしい、とはどういう意味だ?」

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