第41話 俺の気持ちと竜樹さん気持ち
話を終えると、倉敷先生と優介君は何故かダメージを受けていた。
別に暴力に訴えたわけではないのに、どうしてこんなに落ち込んでいるのか。
竜樹さんの急な機嫌の低下を思い出して慌てると、二人は安心させるように手を振った。
「大丈夫ぅ。ちょっとぉ、たっつんに殺意を抱いているだけだからぁ」
「……結局いいとこ取りですからね」
殺意って。それは全く大丈夫ではない。どうしてこの話で、竜樹さんに殺意を抱く結果になったのか。
「……これってぇ、俺達がお膳立てしなきゃいけない感じぃ?」
「敵ですからね。しかし、椿君の幸せを考えたら」
「んぁー。辛すぎるよねぇ。失恋しただけでも大ダメージなのにぃ、恋が発展するのを見守らなきゃいけないとかさぁ」
「私も同じ気持ちですよ。しかし、幸せを願うのも大事です。好きな人には幸せになってもらいたいです。……すぐには飲み込めませんが。落ち込むのは後にしましょう」
コソコソと二人で話をして、そして顔を見合わせて息を吐く。その様子を見守っていた俺は、急にこちらを向いた時に驚いて小さな悲鳴をあげてしまった。
「つぅくん」
「椿君」
「は、はい」
二人はどこか慈愛を含んだ表情で、俺の手を握った。右手と左手どちらもとられ、そして手の甲にキスを落とされた。
こんなことをされれば、前までの俺だったら焦りと恥ずかしさでパンクしていた。でも今は、こんな接触が何度かあったので慣れた。くすぐったいものはくすぐったいが。
なんだかおかしくなって笑う。
「完全に脈ナシだねぇ」
「心を許してくれたと考えましょう」
「こうなったらぁ、ひっつきまくるんだぁ。たっつんを嫉妬させてやるぅ」
「邪魔もしましょう」
悪い顔だ。俺の手を取りながら笑う二人は、置いてけぼりの俺を見た。
「大丈夫だよぉ。つぅくんの悩みは、すぐになくなるからぁ。安心してぇ」
「そうです。もう悩まなくてすみますから、安心して私達に任せてください」
自信満々な姿に、俺は何も考えずに頷く。大丈夫だと言うのなら、きっと本当に大丈夫だ。そこからは、三人で作戦会議を始めた。
竜樹さんが前回あったように距離をとってくる前に、作戦を実行することにした。物凄い応援を受けたおかげで、絶対に逃がさないという決意で満ち溢れている。
竜樹さんを逃がさない作戦として、俺は現在会社の前で待ち構えていた。何時に仕事が終わるのかは、倉敷先生が調べ済みだ。
話をすると決めてからは、モヤモヤした気持ちがぱっと晴れた。むしろ、飲み込んだままの言葉を出したくてたまらない。
会社の前で待ち構えている俺は、かなり目立っていた。学校帰り制服のままだったから余計にだ。会社帰りのスーツの人が多い。
通報される前に出てきてくれるといいのだけど。家出少年だと思われたら面倒だ。
会社にいるだろう竜樹さんに念を送っていると、俺の念が通じたのか入口から見覚えのある人が見えた。
竜樹さんだ。スーツ姿が決まっている。いつもより足取りは重いが、それでも格好良さは変わらなかった。
俺の存在に気づかれて逃げられる前に、話しかけよう。そう思って、寄りかかっていたがポールから立ち上がろうとした。その前に、竜樹さんに近づく人影。
「竜樹さんっ」
可愛らしいその人は、竜樹さんのすぐ隣に立つと腕を絡ませた。その様子は、恋人にしか見えなかった。しかもお似合いだ。
その人が話しかけると、竜樹さんも笑って答える。あんなに笑っている姿、他の人にも見せるのか。俺だけの特別じゃなかった。
馬鹿みたいだ。ここに来たことから全て。やはり気持ちを伝えるなんて、迷惑なことを考えるんじゃなかった。
人の目もあるので、俺は泣かないように唇を噛み締めると、竜樹さんに背を向けた。ここにいることがバレたくない。今更ながら、ここにいることのおかしさを自覚する。
背を向けて歩き出した。その瞬間、後ろから声が聞こえてくる。
「……椿?」
竜樹さんだ。制服のせいで目立ってしまった。俺は振り返ることなく、声が耳に入った途端走り出す。
「椿!」
走ったことで、俺だと確信させた。名前を叫ばれるが、止まるわけがなかった。むしろスピードをあげた。
後ろから女性の戸惑う声、そして追いかけてくる気配を感じた。俺なんて追いかけなくていいのに。嬉しさはありながらも、天邪鬼に思ってしまった。
絶対に追いつかれたくなくて、全速力で走った。このまま逃げ去り、二度と会いたくない。合わせる顔がなかった。
走る学生と、それを追うスーツの男性。この構図は、通報案件じゃないだろうか。竜樹さんの迷惑になる。
そういったことに気を取られて、俺は走ることに全力を出し切れていなかった。
「つばきっ!!」
追いつかれた。腕を引かれ、そして彼の胸の中に。抱きしめられて安心してしまうのだから、諦めの悪い感情だ。
「は、離してくださいっ」
顔を見てしまったら、気持ちが溢れ出してしまう。俺は必死に身をよじったが、竜樹さんは離してくれず、それどころか俺の顔を見ようとした。力の勝負では、彼の方が強い。
その顔が見えた。もう俺は、負けを認めるしか無かった。
「……すき、です……」
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