第4話 共同生活の始まりと、最後の婚約者候補
嫌だと思っていても、俺の周りで勝手に話が進んでいく。前もって準備していたのではと疑うぐらい、トントン拍子にだ。
気づいたらその日のうちに、俺は三人の婚約者候補と住むことになる家に移っていた。目にも止まらぬ早業だった。荷物も勝手に運ばれていて、ごねてもどうしようもないと諦めるしかなかったぐらいだ。
父に言えばもう少し時間をくれただろうが、結果が同じならな早い方がいい。心配する父に大丈夫だと別れを告げて家を出た。
「今日からよろしくな」
「よろしくお願いします」
救いだったのは、個人の部屋がちゃんと用意されていたことだ。これでプライベートな場所がなかったら、多分無理だった。四人で住むからというので、一軒家。わざわざ買ったのかと思うと、お金の使い所を間違えていると呆れる。
ここで、俺が結婚相手を見つけるか、諦めさせるかしない限りは住み続けるしかない。そのことばかりが頭にあって、二人の挨拶にきちんと返事ができたのか自信が無かった。
思っていたよりも俺の神経が図太かったようで、こんな状況で眠れないと思っていたのに、いつの間にか寝てしまっていた。しかも途中で起きなかったようで、そのせいで驚きとともに目覚めるはめになった。
「……んん」
温かい。とても。
ぼんやりと目覚めた俺は、何かを抱きしめていた。抱き枕だろうか。俺よりも大きくて、包み込んでくれている。それが心地よくてすり寄ったが、ふと気がついた。抱き枕なんて持っていない。寝る前にもなかった。
それなら今、目の前にあるこれはなんだ。感触で、何となく予想がついてしまう。しかし認めたくない。
このまま寝ていたい。現実逃避をしそうになったが、今日は平日だ。学校はいつも通りある。遅刻や欠席はしたくないと、現実を受け入れることにした。
「え。誰?」
竜樹さんだろうかと思いながら、目を開けてその人物を確認する。しかしそれは疑問を増やす結果に終わった。俺に抱きしめられ、そして抱きしめ返している人は、竜樹さんでも倉敷先生でもなかった。
俺と同じぐらいの年齢の、つんつんとして刺さりそうな短い髪の男性だった。まだ寝ているのか目を閉じていて、それでも顔立ちが整っているのが分かる。そして大きい。下手をすれば竜樹さんより身長がありそうだ。
「え、あの、誰ですか。起きてください」
幸せそうに寝ているところを起こすのは忍びなかったが、この状態でいるのも嫌だ。どういう立ち位置なのかの予想は出来たので、優しく体を揺すって声をかけた。
しかし起きない。眠りが深いらしい。そのままに寝かせてあげたいけど、そろそろ起きて学校に行く準備をしたかった。現在の時刻が不明だからこそ余計に焦る。
まだこの家から学校に行ったことがないのだ。ルートは昨日確認しておいたが、万が一のこともある。
「……あとはちじかん」
おかしな寝言なのか、起きていてからかっているのか、桁の違うお願いをしてきた。これでは起きれそうにない。強く揺すってみるが、結果は同じだった。むしろ抱きしめる力が強くなった。
「すみません。俺、起きなきゃいけないんで離してもらっていいですか?」
「むにゃむにゃ」
むにゃむにゃと寝言を言う人を初めて見た。やはり寝たふりか。あまりに酷いようなら、叩き起こすこともやぶさかではない。後で謝ればいいと拳を握りしめた時、部屋の扉が開く音がした。
「おい。まだ寝てんのか、っ!?」
ノックもなしに勝手に入ってくるのは、竜樹さんしかいない。こんな状況でなければ文句を言っていたけど、今は救いに感じた。
「おはようございます。見ての通りなので、助けてください」
誰でもいいから助けて欲しい。驚いている様子の竜樹さんに手を伸ばした。しかし、その手は掴まれる。
「むにゃむにゃ。あとくじかん」
「ちょっ」
まだむにゃむにゃと言いながら抱きしめてくる。どうしようもなくて視線で助けを訴えれば、竜樹さんのこめかみに青筋が浮かぶ。
「何寝ぼけてるんだ、クソガキっ!」
少し心配になるぐらい大きな音。それを頭にくらって、ようやく目を覚ましてくれた。
◇◇◇
「おはよう。
「えっと、よろしくお願いします」
ベッドの中に潜りこんでいたのは、やはり俺の婚約者候補だった。
かなり強く叩かれたはずなのに、全く痛がっている様子もなく、まだ眠そうな顔をしている。だいぶ、不思議な人だ。
あの後、すぐに腕の中から抜け出した。抱き枕だと思われていたようで残念がっていたが、さすがに抱きしめられたままなのは色々と辛い。
全く反省した様子のない姿に、さらに怒った竜樹さんをなだめながら、共有のリビングに行った。すでに倉敷先生は起きていて、朝食を準備してくれていた。
俺達の様子を見て何が起こったのか推理し、話を聞く前から俺と二人を引き剥がした。文句を言われたが視線一つで黙らせたので、力関係は彼が上位にいるのかもしれない。何かあった時に頼ろう。
そういうわけで、朝食も兼ねながら話を聞くことにした。
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