第5話 不思議な人と学校
「それで? お前はなんで、椿のベッドに潜りこんでいたんだ」
「んー。寒かったからぁ?」
「今はそんなに寒くねえだろ」
「そんなの人それぞれじゃなぁい?」
「あ゛?」
満重さんと竜樹さんは、かなり相性が悪そうだ。特に竜樹さんは話すたびにイライラとしている。手が出そうで怖い。
「えーっと、満重さん」
「優介でいいよぉ」
「……それはちょっと」
「駄目ぇ? 同い年だからいいよねぇ?」
「あー、えー」
「だめぇ?」
「……それなら優介君で」
「やったぁ。よろしくねぇ、つぅくん」
負けた。どうやら同い年らしいのだが、そのゆるさがそうさせるのか、頼み事が断りづらい。つぅくんは、椿だからか。なんとも可愛い呼び方だ。俺には似合わない気がするが、本人が満足しているので何も言えなかった。
ふにゃふにゃと気が抜ける笑みを浮かべて喜んでいるのを見ると、まるで弟みたいだ。可愛いと思い手を伸ばす。そのまま頭を撫でれば、さらに嬉しそうに目を細めた。
ふわふわとして柔らかい明るめの茶色の髪は、手触りがいいので自前らしい。たれ目の瞳が光の加減によって青く見えるので、もしかしたらハーフなのかもしれない。そして。やはり顔がいい。竜樹さんよりも身長が若干だけど高かった。二メートル近いかもしれない。しかし雰囲気が柔らかいから、全く圧を感じなかった。可愛いがられるタイプだ。俺も例外じゃない。
「えへへぇ。撫でるの上手だねぇ」
圧を感じないどころか、さっきから可愛いと思ってしまう。俺よりも大きいし、同い年なのにも関わらずだ。
直接的な欲を感じないから、まだ安心できるのかもしれない。癒されつつ撫で続けていると、地を這うような声が聞こえてきた。
「おい。なんでそいつには優しくするんだよ」
機嫌の悪い竜樹さんが、鋭い視線で睨みつけてくる。先程からずっとこんな調子である。
「一つお聞きしたいのですが。二人は元々、仲が良かったわけではありませんよね?」
穏やかに問いかけているようで、倉敷先生も機嫌が悪そうだ。一緒に寝ていたことを知った時からそうだった。しかしその怒りは、全て優介君に向かっている。
「一番歳が近いのは俺だからぁ、気を許すのは当たり前でしょー。もしかしてぇ、羨ましいのぉ? 嫉妬は良くないよぉ」
向けられた怒りをものともせず、逆に挑発している。俺だったら怖くて絶対に無理だ。ただほわほわしているだけではなく、意外に強いらしい。
どうして俺の婚約者候補は、揃いも揃って顔が良くてキャラが濃いのだろう。わがままを言うなと怒られそうだけど、普通の人が良かった。俺には荷が重い。
バチバチと火花を散らす三人を見ながら、俺は思わず大きなため息を吐いた。
「どうしたのぉ? 嫌なことでもあったぁ?」
それが、すぐ近くにいた優介君には聞こえてしまったようで心配してくれたが、みんなのせいだとはとても言えなかった。
同い年の優介君は、同じ学校に編入してきた。三年生という微妙な時期なのに大丈夫なのかと聞いたら、「つぅくんに会えるのをずっと楽しみにしてたからぁ、嬉しいよぉ。つぅくんは嫌なのぉ?」と反応に困る返しをされた。とりあえず、そんなことはないと言っておいた。
初対面のはずなのに、どうしてこんなに好感度が高いのか。すごく不思議だ。
「満重優介でぇす。つぅくん以外と仲良くする気はないので、よろしくぅ」
その自己紹介は良くない。手回しでもしたのか、同じクラスになった優介君は、気だるそうにそう言った。
この時期に編入、イケメン、それだけでも騒がれていたのに、さらに目立つはめになっている。今は優介君が言ったつぅくんは誰なのかと、みんながきょろきょろとしている。
俺はその様子を一番後ろの席で眺めながら、誰も気づかないでくれと祈っていた。
しかしそんな俺の祈りは通じず、優介君が爆弾を落とした。
「席はあそこぉ。つぅくんの隣ねぇ」
そう言いながら指したのは、完全に俺の隣の席だった。一気に視線が集中する。椿だからつぅくんかと納得し、そして俺達の関係を探ろうとしていた。いたたまれない。
下を向くが視線が突き刺さる。このまま消えたい。しかし無理だ。現実は優しくない。
俺が下を向いている間にも優介君が近づいてきて、目の前で止まる。
「つぅくん、朝ぶりぃ。先に行くなんて酷いよぉ。一緒に行きたかったのにぃ」
この言葉で、さらに騒がしくなった。俺達が一緒に住んでいると、頭の回転がはやい人は察しただろう。どうして、わざわざ匂わすようなことを言うのか。俺を困らせて楽しんでいる。
顔を上げた。そこには、ニコニコと笑っている優介君がいた。悪気は無さそうだ。知り合いが誰もいない中で、心細くて俺に執着しているのだろう。ここで見捨てたら可哀想だ。
「うん、優介君。これからよろしくね」
仲がいいことを認めたので、俺達がただの知り合いではないのがバレてしまった。どんな噂が立つか不明だが、しばらくは騒がしくなりそうだ。群がってくる同級生達の姿が容易に想像出来て、頭が痛くなってきた。
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