第6話 誤解される





「なぁなぁ、二人って知り合いなんだよな?」


「満重君って、イギリスから来たんだよね。ってことは英語がペラペラなのか。凄いなあ」


「そんなにイケメンなんだから、もしかして

 モデルとかやってる? っていうか、身長高すぎるよな。何食べたら、そんなに大きくなるの?」


「なあなあ、ずっと気になっていたんだけど。さっき言ってたのって、もしかして一緒に住んでいるのか?」


 予想していた通り、ホームルームが終わると、席の周りを一斉に人が集まってきた。その顔は好奇心が抑えきれないといったばかりで、話を聞くまで満足してくれなさそうだ。

 面倒くさい。いつもは俺のことなんて気にしていないのに。優介君の顔が整っているせいだ。こんなことなら口止めするべきだった。学校では他人のフリをすれば良かった。優介君の容姿を、過小評価しすぎたらしい。

 恨めしく思いながら隣を見ると、視線がバッチリと合う。対応をしていたと思ったのに、ずっとこちらを見ていたらしい。熱の篭った目だ。そんなとろけるような顔で見ないでほしい。顔が熱い。心臓が騒いで仕方がなかった。


「ねえねえ、もしかして二人は恋人なの?」


「へ?」


 こういったやり取りをしていれば、そんな質問が来るのも予想出来たはずなのに、俺は変な声を出してしまった。これでは何かあると認めているようなものだ。

 口を押さえるが、もう遅い。周りを囲む、特に女子のテンションが上がった。


「やっぱりそうなんだ! 通りで仲がいいと思った!」


 人のことなのに、そこまで嬉しがるものか。俺は必死に首を横に振るが、もう話は進んでしまっている。一度勘違いしたら、もう止まらない。


「ちがっ」


「つぅくん、別にいいじゃん。隠さなくてもぉ。それともぉ、俺と恋人だって言われるのは嫌ぁ?」


 嫌だと言ったら駄目か。ここで拒絶すれば優介君は悲しむし、周りにいる人からもブーイングが起きそうだ。それをなだめるのは面倒くさい。どうするべきかと困って、俺は楽な方に逃げた。


「……それに近い感じかな」


 途端に黄色い悲鳴が上がる。人の恋路が好きなのだ。この年代だと特に。

 まあ、本当に近いようなものだから、嘘は言っていない。しかし、これで完全に優介君と恋人だという認識になってしまった。

 さすがにこれは迷惑だったか。恐る恐る優介君を見れば、また視線が合う。


「そうだよぉ。俺がつぅくんの彼氏だから、手ぇ出さないでねぇ。ラブラブなんだからぁ」


 ぱっと破顔して、その表情のまま周りにいる人に釘を刺した。しかしまるで子供がお気に入りのおもちゃに手を出されたくないようで、怖いというよりも可愛かった。


「満重君って、一途なんだね。すっごく羨ましい」


「でも、道橋みちはし君は頼りがいがあるから、すっごくお似合いかも」


「分かる。お兄ちゃん気質があるよね。確かにお似合いだ」


 好意的に受け入れられたから、良かったと思えばいいのだろうか。優介君も嬉しそうだし、上手くいったんだ。そう思いたいが、どこかで選択を間違った気もした。




「ふんふんふーん」


「随分とご機嫌だね」


 学校が終わり、今度は一緒に優介君と帰っていた。朝、先に行ったのをずっと拗ねていたから、機嫌を直してもらうためでもあったが、ものすごく楽しそうである。鼻歌交じりに、足取り軽く歩いている。


「だってぇ。つぅくんが俺のことを、恋人だって言ってくれたからぁ」


「そんなことで嬉しくなるの?」


「そんなことじゃないよぉ。俺にとっては、すごぉーく嬉しいことだからねぇ」


「あのさ、一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「なぁに?」


 機嫌がいい時なら、聞いても大丈夫だと思った。


「どうしてそんなに俺のことが好きなの?」


 傍から聞くと、なんて自意識過剰な言葉だろう。しかし、実際に好感度が高いのは確かだ。

 昨日会ったばかりなのに、好かれる理由が分からない。理由不明の好意は、どちらかというと怖かった。

 俺と結婚して社長の座に着くためだと、そうはっきり言われた方がまだ気が楽だった。


「もしかしてぇ、お金目当てだと思われてるぅ?」


「それは……まあ」


「あははっ、素直だねぇ。まあ確かにぃ、そう思われても仕方ないかぁ。つぅくんは何も知らないからねぇ」


「何も知らないって……どういうこと?」


 優介君の言葉には、どこか責める感情が含まれていた。表情は笑っているのに、何故か泣いていると思った。どうして悲しい顔をするのか。胸が苦しくなって手を伸ばす。


「なぁんてねぇ」


 しかしその手が触れる前に、優介君が体をひるがえして避けた。おどけているが、軽い拒絶だった。


「つぅくんを見ればぁ、みぃんな好きになるんだよぉ。だから一目惚れってことぉ」


 嘘だ。しかし、これ以上は踏み込むなと線を引かれてしまい、俺はそれを乗り越える勇気を持ち合わせていなかった。


「早く帰ろうかぁ。俺、お腹すいたぁ」


「あ、うん」


 先ほどまでの話がなかったかのように、優介君は手を差し伸べてきた。その手を取りながら、俺は心の中にあるしこりを見ないフリした。




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