第3話 婚約者達との




 婚約者の話だって初耳なのに、それが従兄弟の竜樹さんと、憧れの人である倉敷先生だなんて。しかし、俺は忘れていなかった。

 父は、婚約者候補が三人いると言ったのを。

 つまり、もう一人いる。それは一体誰なんだ。


 次は誰が出てくるのかと待ち構えたが、一向に誰かが現れる気配がない。この空気に入ってこられないのかと扉の方を見る。しかし、そこには誰もいなかった。

 どういうことだと首を傾げていると、俺の様子を見ていた父が話しかけてくる。


「もう一人の子は、今日はまだ来ていない。今はロンドンにいて、日程がズレたせいで明日帰ってくることになっている」


「そうなんですか」


 ロンドン、これまた凄いところから来る。すでに持て余しそうな予感だ。これ以上は大変だから、増えないでほしい。

 そのまま帰国してこなければいいのにと、かなり酷いことを考えつつ、まだ増えないことに安心した。


「椿、安心しろ。そいつが来るよりも先に、俺を選ばせてやるからな」


 そんな油断に付け入るように、竜樹さんが俺の腕を引っ張る。体勢を崩したせいで、彼の胸の中に飛び込む形になってしまった。すぐに離れたかったが、拘束するぐらいの力で抱きしめられて抜け出せなくなった。


「は、はなっ」


 腕の中でもがいても、全く離してくれない。むしろ楽しそうに力を強めてくる。甘さなんて感じられない。ただ単に遊ばれている。絶対にそうだ。


「真っ赤になって可愛いな。そんなに可愛い顔をしているんだから、俺のことが好きだろう」


 どういった俺様発言なのだ。自己中心すぎてものすごく嫌である。顔をしかめながらもがいていれば、助けを求める手が差し伸べられた。


「椿君が嫌がっているじゃないか。早く離しなさい」


 倉敷先生だ。竜樹さんを睨みつけて、話すように命令する。とても怒っている。静かな分、余計に怖かった。しかし竜樹さんは涼しい顔をしている。


「自分が出来ないからって、そう睨むなよ。お前だって、本当はこういうことをしたいと思っているんだろう。素直に言えよ」


「私はお前とは違って、無理矢理は好まない」


「やっぱり考えているってことだな。この変態が」


「君に言われたくない」


 言い争う暇があるなら助けて欲しい。抱きしめられる力が強すぎて苦しくなってきた。どうしてか父は助けてくれず、うろたえているだけだった。いつもだったら絶対に助けてくれるはずだから、もしかしたら何か制約があるのかもしれない。


「大体、お前は昔から気に食わなかったんだよ。自分はなんてことないような涼しい顔して、いいところをかっさらっていこうとする」


「あなたには言われたくありませんよ。自分の意見を押し通すためなら、なんだってする。どんな汚い手も使って、希望を叶えようとするのですから」


「なんだやるのか?」


「やりませんよ。野蛮ですね。そんな人が椿君にふさわしいとは思えません。あなたこそ、さっさと家に帰ったらどうですか?」


 体をタップしていることにも気づかずに、言い争いを続ける。倉敷先生も俺の様子に気づいていない。俺と結婚したいと言っていながら、変化に気づかないなんておかしいんじゃないか。二人が欲しいのは、きっと俺じゃなくて会社の社長の座だ。

 薄れいく意識の中で、俺は二人へ不信感を募らせていた。




「椿、大丈夫か!」


 目を覚ますと、まっさきに父の顔が視界に入った。必死な表情で、俺の顔を覗き込んだ。


「……夢?」


 今までのことは、全て俺の夢だったのか。なんて想像力だろう。憧れの人まで出演させて。想像でも迷惑だ。でも夢で良かった。


「いや。残念ながら、現実だ」


 安心していた俺に、父は首を横に振った。まあ夢にしては、あまりにもリアルだったから、自分でも無理だとは分かっていた。


「俺は気絶したんですね」


 原因は精神的なショックと、しめつけられたことによる酸欠だろう。現実逃避もあったかもしれない。


「……あれからどうなったんですか?」


 俺が気絶したせいで、父にはずいぶんと迷惑をかけてしまった。

 あの二人をどう処理したのだろうか。気になるところだ。


「それがだな……」


 父の話は俺を驚かせた。一番の驚きポイントは決まっている。


「一緒に住むって、どういうことですかっ?」


「すまない……しかし、これも決まりの一つなんだ」


「どうにも出来ないんですか?」


「何となく察していたと思うが、俺は今回の件で手出しできないんだ。少しでも邪魔をしたら、ペナルティが課せられる」


「……そうだったんですか」


 それなら仕方ない。いかにも祖父の考えそうなことだ。父を責めるわけにもいかなかった。


「それなら仕方がないですよね」


「いや、でも椿が傷つくぐらいなら、なんでもするつもりだ」


「俺は大丈夫です。もし駄目な時は、ちゃんと助けを求めますから」


 本当だったら今すぐにでも助けを求めたかったけど、父に迷惑はかけられない。まだ、実害は出ていないと自分を慰めて、もう少しだけ頑張ってみることに決めた。結婚するのではなく、この話を破談にする方向で。



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