第43話 通じあった気持ち
竜樹さんと一緒に帰って来た俺を、倉敷先生と優介君は優しく出迎えてくれた。俺に対してだけ。
「へいへぇい。たっつぅん。ちょっとぉ、校舎裏に来てくれなぁい?」
「そうですね。ゆっくりお話をしましょうか」
俺が止める時間もないまま、竜樹さんは二人によって連れていかれた。酷いことはしないだろうけど、その様子はドナドナされる牛に見えた。それを見送ると、俺は一直線に自室に戻った。
部屋に行くと、ベッドにダイブする。そして足をじたばたさせて悶えた。思い出せば思い出すほど、叫び出したくてたまらなくなる。
枕に顔を埋めて、ちょっとだけ声を出してみた。
ひとしきり叫んで満足すると、俺はベッドから起き上がる。でもまだ足りなくて、今度は自分で自分の体を抱きしめた。
「……俺、俺、本当に竜樹さんの恋人になったんだよなあ」
言葉にすると実感してきて、顔が熱くなった。心臓もどくどくとうるさくなり、それを鎮めるのに大きく息をする。でもほとんど効果はなかった。
「夢じゃないよな。ほっぺ、引っ張っても痛いよな」
勝手に緩んでしまう頬を引っ張ってみた。痛い。現実だ。それが嬉しい。
「……恋人って、何するんだろう」
今までいなかったから、全く分からない。ここは、年上の竜樹さんにリードしてもらうべきか。
「そういえば、竜樹さんって今まで恋人とかいたのかな」
それはちょっと、かなりモヤモヤする。俺よりも年上だから仕方ないかもしれないが、恋人としての彼を見たことがある人がいると思ったら胸が痛くなった。
どんな人だったんだろう。綺麗な人だろうか。それとも可愛らしい人だろうか。そのどちらも、俺には当てはまらない。
「どうして、そんな顔をしているんだ」
想像の恋人に落ち込んでいると、いつの間にか竜樹さんが部屋の中にいた。どうやら思っているよりも早く、解放してもらえたらしい。傷一つなさそうで安心する。
「えーっと」
「後悔しているわけじゃないよな?」
「へっ?」
何を後悔することがあるのだ。思いもよらぬ言葉に、俺は口を大きく開けた。
「俺と恋人になったのを、やっぱり止めるとか言い出すんじゃないよな。そんなの絶対に許さないからな」
「ま、待ってください。そんなこと、一言も言っていませんよね」
どうして、そんな考えが浮かんだのか。全く不明だった。
「ため息吐いてたじゃねえか。俺と恋人になったことを、後悔していたんじゃないのか?」
「違いますよ。俺はただ……ただ、竜樹さんの昔の恋人に、し、嫉妬していただけです」
正直に話さないとこじれる予感がして、俺は気恥しさなどを我慢して、どうして落ち込んでいたのか話した。見知らぬ元恋人に嫉妬していたなんて、まるで子供のようだ。大人だったら、余裕で受け流せるだろう。竜樹さんが呆れなければいいのだけど。
「あの、分かってます。俺のわがままで、どうしようもないことだっていうのは。それでも、竜樹さんと恋人だった人が羨ましくて。嫉妬してモヤモヤしていたんです。だから、恋人になったのを後悔しているなんて、そんなこと」
話している途中で、竜樹さんが抱きついてきた。しがみつくといったぐらいの勢いだったから、俺はバランスを崩す。後ろがベッドだったおかげで、怪我をするようなことにはならなかった。
その代わり、竜樹さんに押し倒されたみたいな体勢になってしまった。顔が近い。彼もわざとではなかったからか、しばらく固まっていた。でも、俺よりも先に回復して口角を上げる。
「そんな可愛い嫉妬して、俺をどうしたいんだ」
「だ、だって」
「安心しろ。俺は椿を初めて会った時から、好きになったって言っただろう。椿一筋だ。他の奴らなんて視界に入らなかった」
「それって……」
「椿が初めての恋人だ。最初で最後のな。これで不安は消えたか?」
竜樹さんの容姿からしたら、絶対にありえない話だった。でも、彼の目を見れば嘘をついていないことが分かる。
なんだ。またありもしない事実を作り上げて、勘違いしていた落ち込んでしまった。ネガティブにばかり考えるのは、自分に自信が無い証拠だ。
「……竜樹さんも」
「ん?」
「竜樹さんも、不安は消えましたか?」
今回は、俺だけじゃない。竜樹さんも、俺が恋人になったのを嫌がっていると勘違いした。俺達は似たもの同士なのかもしれない。
驚いた顔は、どこか幼さを感じさせた。年上だけど、可愛いと胸がぎゅっとした。
「ああ。俺達は恋人だからな。不安になる前に、ちゃんと話をしよう。暴走するのも駄目だ」
「はい。聞きたいことがあったら、ちゃんと竜樹さんに直接聞きます」
「ん、いい子。それじゃあ、気持ちを確認したところで、恋人としての時間に入るか」
「へ。え」
忘れていたけど、今の体勢はとてつもなく近いのだった。竜樹さんの雰囲気が甘いものに変わり、俺はその変化についていけなかった。
「ずっと待てをされていたんだ。ご褒美くれるか?」
近づいてくる顔に、思わず助けを求めるように叫んでしまったのも仕方の無い話だった。
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