第42話 明かす気持ち





「すき……すきなんです」


 言葉が出て止まらない。気持ちが溢れて止まらないとは、まさにこのことを言うのだろう。

 竜樹さんにしがみつき、俺は何度も好きだと口にした。彼が困っているのが、ひしひしと伝わってくる。困らせてしまった。でも、もう言ってしまったものは取り消せない。

 全てぶちまけてしまえばいいと、俺は開き直ってもいた。


「す、好きって……」


「……竜樹さんのことが好きなんです。迷惑だと言うのは分かっていても、それでも好きなんです」


 計画では、もっと自然な感じで伝えるつもりだった。走ったせいで、ボロボロの状態で言うなんて。俺らしいといえば俺らしいのかもしれない。この気持ちが、綺麗なものだけではないと知っているのだから。


「……たつきさん? たつきさん、って俺のことか?」


 まるで自分の名前を忘れてしまったみたいに、何度も繰り返して、そして当たり前のことを聞いてきた。他に誰がいるのか。からかわれている気がして、俺は抗議の意味も込めて睨みつけた。


「当たり前じゃないですか。俺が好きなのは竜樹さんです。他の誰でもありません。好きなんです、どうしようもなく」


 きっと酷い顔になりながら、俺は必死に好きだと言い募った。ここまで言わせるなんて、意地が悪い。俺をみじめな気分にさせて楽しいのか。もしそうだとしたら、趣味も悪い。


「……ちょ、ちょっと待て」


「待ちません。竜樹さんが好きです。たとえ、竜樹さんがもう俺のことを好きじゃなかったとしても、俺は好きです」


「本当にちょっと待て!」


 肩を掴まれ、好きというのにストップをかけられた。そんなに聞きたくなかったのか。


「あー、違う! 落ち込むな! 少し状況を把握する時間をくれ」


 そこまで必死になられると、俺も待とうという気持ちになった。とりあえず口を閉じてみる。竜樹さんは俺の顔をまじまじと見つめてきた。信じられないものを見るかのようで、珍獣にでもなったようだ。

 顔に何か付いている気がしてきた。とりあえず触ってみるが、探り当てられない。


「……本当に、俺のことが好きなのか?」


 探す方に意識を持っていっていたせいで、その質問にすぐに答えられなかった。内容を理解した途端、何を言っているのかと呆れたくなった。


「そう言っているじゃないですか。いくら迷惑だったとしても、そんなふうに疑われるのは辛いです」


「ちょっと待て。さっきから、なんで俺が迷惑だって話になっているんだ?」


「だって、嫌がっていたじゃないですか」


「俺が? いつ?」


「最後に夜話した時です。急に話が出来なくなるって言って、どう考えてもおかしかったですよね」


 あの時、俺は見捨てられたと思って悲しかったのだ。今でも、その気持ちを覚えている。じっとりと睨みつけると、竜樹さんは大きな声で唸った。


「あ゛ー。あの時か。もしかして、あの時恋愛に発展するかもしれないって言っていたのも、俺のことだったのか?」


「……そうです」


「……全部、俺の勘違いだったのか……遠回りするところだった……いや、待て。もしかして、もしかしてだけど、諦めようとしていたとか言わないよな?」


「……そうでしたけど」


「っぶなかったな!」


 先ほどから唸ったり、叫んだりと忙しい。息を吐いて力を抜いた竜樹さんは、何も言わずに俺を抱き寄せてきた。胸の中に逆戻りである。


「た、竜樹さん?」


「色々と噛みしめさせてくれ」


「は、はい」


 有無を言わさない雰囲気に、俺は大人しく抱きしめられていた。本音を言うと、抱きしめられるのは嬉しかった。幸せである。

 そのまま抱きしめられていたのだったが、ずっとというわけにもいかず、そっと解放された。無くなった体温に眉を下げていると、竜樹さんが急に深呼吸をし始めた。

 何度も繰り返し、覚悟を決めた表情になった彼は、俺の手を取った。


「ずっと……初めて会った時から、椿のことが好きだ。愛している。椿が、俺と同じ気持ちだと知って、今最高に幸せでたまらない」


「……へ?」


 その言葉に、間の抜けた声を出してしまった。彼はなんて言った?

 上手く飲み込めなくて、俺は彼を見つめることしか出来なかった。そんな状態の俺に、彼も何か違うと感じたらしい。


「どうした? どうして喜ばないんだ? 俺が間違っているわけじゃないよな? 椿は俺のことが好きなんだろう?」


「えっと。でも、さっきの人は? 恋人じゃないんですか?」


「はあっ!?  恋人!?」


 この流れで、ようやく俺は自分のとんでもない勘違いに気がついた。あの夜から、特に俺が勘違いしっぱなしだったらしい。

 恥ずかしい。クヨクヨと意味の無い悩みを抱えていた自分が、とてつもなく恥ずかしい。倉敷先生と優介君は、絶対にこの勘違いに気がついていた。


「……えっと、ごめんなさい。俺、ものすごく勘違いしていたみたいで」


「俺も、誤解させるような行動をとって悪かった」


 恥ずかしさが過ぎ去ると、次にやってくるのはおかしさだった。俺達は顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれる。


「もう一度言うからな。俺は、椿が好きだ。恋人にするなら、いや結婚するなら椿しか考えられない」


「……俺も、竜樹さんと結婚したいです」




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