第44話 恋人としての距離
俺が悲鳴をあげてから、数秒も経たないうちに倉敷先生と優介君が乗り込んできた。扉の前で待ち構えていたのかと、そう思ったぐらいだ。
乗り込んできた二人は、すぐに俺と竜樹さんを引き剥がした。あまりにも素早い動きに、竜樹さんが文句を言う暇もなかったぐらいだ。
「大丈夫だったぁ? ケダモノに襲われて、怖かったでしょう?」
優介君が俺を引き寄せて、頭を撫でてくれた。恐怖を感じるほどではなかったけど、まだ心臓がドキドキとしている。嫌な騒ぎ方ではなかった。でも、まだ早い。
竜樹さんの顔が近づいてくるのが、俺は恥ずかしくてたまらなかったのだ。恋人としての接触に、まだ全然慣れない。
「須藤さん。あなたは年長者なのですから、もっと思慮のある行動をとってください。椿君のペースに合わせて、ちゃんと聞いていますか?」
「へーへー。分かりましたよ」
「はいは一回です」
倉敷先生に説教を受けている竜樹さんと、ばっちり視線が合う。悲鳴をあげたことに怒ってはいなさそうだけど、どこか拗ねているようだった。
俺は目線で何度も謝る。決して嫌だったわけではない。それを何とかテレパシーで伝えたかった。頑張って念を送っていると、俺の必死さが伝わったのか、苦笑気味に頷いてくれた。
許してはもらえた。でも、このままでは駄目だ。正式に恋人となったのだから、こういうことにも慣れていくべきだ。
ゆくゆくは結婚しようとしている。大事な要素だった。竜樹さんは望んでいるし、俺だって恥ずかしさに慣れれば嫌ではない。
結婚か。その単語が浮かんだ途端、沸騰したように顔が熱くなった。頭から湯気が出たのではないかと錯覚するぐらいだ。
「あー! たっつん、何かしたでしょ! つぅくん、急にキャパオーバーしてるぅ!」
「この距離で何が出来るって言うんだ」
「つぅくん駄目だよぉ。たっつんに近づいたら、妊娠しちゃう!」
「そんなことあるか。ていうか、こっちは恋人になったんだから、邪魔するんじゃねぇよ」
「嫌だよぉ。全力で邪魔するってぇ、決めたんだからぁ。ねぇ、まな先生?」
「はい。何かよからぬことを企んだ時は、きちんと教育的指導をさせていただきます。頭に刻んでおいてくださいね」
「はっ。負けたからって僻むなよ。椿が選んだのは、この俺なんだからな」
竜樹さんの言葉は、完全に火に油を注ぐ結果となった。図星をつかれたのもあって、余計に二人を怒らせた。
「椿君のお父様に連絡をとりましょう。接近禁止令を出してもらいます」
「お、おいっ!」
父に報告するというのに、さすがの竜樹さんも焦った。でも、もう遅かった。父への報告は決定事項となっていて、倉敷先生が電話をかけ始める。
そういえば、まだ父に報告していなかった。その事実を思い出した時には、すでに倉敷先生と父は電話の真っ最中だった。
これは、なにかの罰なのだろうか。こんなことなら、まっさきに父に報告しておけば良かった。どんな話をしているのか気になりながらも、俺は見守ることしか出来なかった。
倉敷先生から連絡を受けた父は、竜樹さんと恋人になったことに納得したらしい。なんとなく予感があったみたいだ。
それでも、俺から連絡をしなかったことに対して小言を言われた。それに関しては、完全に俺が悪かったので、後日竜樹さんと一緒に挨拶をしに行く予定である。
結婚を前提とした付き合いなので、そこはきちんとしておきたいと竜樹さんも言ってくれた。でも、それまでの間は接近禁止令を出されてしまった。父としても、俺と竜樹さんのそういう行為を考えたくないのだろう。複雑な親心だ。
接近禁止令が出されて、正直ほっとした。とにかく、慣れるまでの時間が欲しい。ガッカリしていた竜樹さんには悪いけど。
恋人としての触れ合いを勉強するため、俺が何をしたのかというと恋愛小説を読み始めた。今まで、倉敷先生を始めとするミステリーしかほとんど読んでこなかったから、ページをめくる手がいつもより遅くなった。
まずは軽く若者に人気の小説を選んでみたのだが、とにかく甘酸っぱい。読んでいて、たまにうわぁーっとなりながら本を閉じてしまうぐらいだ。
その次に、純愛小説などの大人向けの小説を読んでみた。直接的ではないが、そういう行為の描写があって先に進めなくなった。
俺にはまだ早い。うぶなつもりはなくても無理だった。
とりあえず軽めの恋愛小説を参考にしようと決めたのだが、よくよく中身を読んでみると、すでに経験済みのことばかりだった。
告白をしたり、デートをしたり、抱きしめあったり、キスをしたり、どういう状況であれやっている。
そう考えると、俺と竜樹さんは恋人らしいと言えるわけだ。これで、少しハードルが下がった。心配する必要は無い。大事なのは二人の気持ちだ。
まずは父にきちんと報告して、そこから二人でゆっくりと歩んでいけばいい。お互い話し合うと約束した。二人が納得する早さで進んでいきたい。
そう考えれば、随分と気が楽になった。こっちの方が、竜樹さんとの関係も上手くいくだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます