第45話 父への報告




 とうとう、父に報告する日が来た。

 本当はもっと早く行きたかったのだけど、竜樹さんの仕事が忙しくなって、今日まで時間がとれなかった。竜樹さんは、こういう時に限ってと悔しそうにしていた。

 でも、父なら仕事だと分かっているから、このぐらいで印象を悪くしたりはしない。むしろ仕事を放り出した方が怒る。そう励ましておいた。


 結婚を前提とした交際の報告というのもあり、俺達が家に行くことになった。

 制服を着るか迷ってスーツにした。竜樹さんと同じ店で仕立てたので、ほとんどペアルックみたいなものだ。鏡で並ぶ姿を見るたびに、顔が緩んでしまう。二人で選んだものだから余計にかもしれない。


 竜樹さんの運転で向かっているのだけど、緊張しているのか表情がかたい。その緊張が俺にも伝わってきて、しばらく無言だった。でも緊張したままだと、いつもの力を発揮できないだろう。竜樹さんは堂々としている方がいい。

 信号が赤になり車がとまると、俺は竜樹さんの手に触れた。考え事をしていたのか、敏感に反応する。


「どうした?」


 まだ表情がかたい。質問をしてくるが、心ここに在らずといった様子である。どれだけ緊張しているのだ。ここまでポンコツに近い竜樹さんを初めて見た。その姿は愛おしいと、そう思った。


「大丈夫ですよ。いつもと同じように、そうすればいいんです。父は反対しませんから。ね。リラックスしましょう」


 話しながら手を握りしめれば、竜樹さんも握り返してくれた。


「そう、だな。色々と考えすぎたみたいだ。格好悪いな、俺」


 恥ずかしそうに笑うので、俺はもう少しで青信号に変わるのを確認してから、竜樹さんの方に体を寄せた。


「つばき……いま……」


「ほ、ほら。信号が青になりましたよ。後ろの車に注意される前に、発進してください」


 竜樹さんの視線を感じるが、俺は絶対にそちらを見ることなく早口で言う。やはり、こんなのガラじゃなかった。頬にキスをするなんて。

 自分でやったのにも関わらず、口から心臓が飛び出そうだ。顔が見られないのは、真っ赤になった顔を見られたくないのもあった。


「竜樹さんは、いつも格好いいですよ」


 ほとんど囁きに近かったのだが、竜樹さんには聞こえたらしい。ふっと微かに笑う音。そしてすぐに頭を撫でられた。


「ありがとうな。おかげで元気が出た」


 良かった。俺の頑張りは無駄じゃなかったらしい。こういう小さなことを積み重ねていけば、恋人としての行為も恥ずかしくなくなりそうだ。

 先ほどよりもリラックスした状態で、俺達は残りの時間を過ごした。ポツポツと話をしながらの道中は、これからの未来を示すかのように明るかった。




 家で待っていた父は、俺と竜樹さんの姿を見ると、雰囲気を柔らかくした。手を繋いで来たから、もしかしたら呆れていたのかもしれない。


「よく来たな。さあ、中に入ってくれ」


「お邪魔します」


 また緊張をしだした竜樹さんは、どこかぎこちない歩き方で中へと入っていった。

 リビングで向かい合って座ると、竜樹さんがおもむろに頭を下げる。


「挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」


 土下座までする勢いだったのを、父が手をあげて制した。


「謝らなくていい。それで、二人が交際を始めたというのは事実なんだな?」


 険しい表情。まさか反対するなんてことはないよな。俺も心配になってきて、思わず呼吸を止めてしまった。


「はい。結婚を前提としてお付き合いをさせていただいています」


「結婚。本気で言っているのか?」


「はい。俺には、椿……さん以外考えられません」


「お、俺も、竜樹さん以外考えられません。本気です」


 助け舟を出すつもりはなかったが、思わず会話に入った。父には祝福してもらいたい。ここで許してくれなくても、何度でも説得する覚悟だった。

 父の険しい顔をじっと見つめて、随分と時間が経った。それは体感なだけで、もしかしたら実際は数秒だったのかもしれない。


「二人が幸せなら、俺が反対する理由はない」


 険しい表情から、一転して穏やかな微笑み。それは父親の顔だった。俺の幸せを心から望んでいる、そんな様子だ。


「ありがとうございます」


「許すけど、泣かせたら承知しない」


「絶対に幸せにします」


「それならいい。椿は俺の大事な息子だ。それを忘れないでくれ」


「はい。胸に刻みこんでおきます」


「椿」


「は、はい」


 俺に顔を向けた父は、腕を広げた。


「まだかもしれないが、椿を送り出すために抱きしめさせて欲しい」


 断る理由なんてない。俺は立ち上がると、父に抱きついた。


「いつの間にか、こんなに大きくなっていたんだな」


 抱きしめながら、しみじみとこぼすので思わず力を強めた。


「竜樹君はいい男だ。絶対に椿を幸せにしてくれる。ここには、いつでも二人で顔を見せに来なさい」


「はい」


「幸せになるんだぞ」


「……はいっ」


 その言葉に耐えきれなくなって、涙が流れた。俺はそれを隠すように顔をうずめたが、服を濡らしてしまったから、きっと父にはバレていたはずだ。






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