第46話 恋人として
父の提案で、その日は泊まることになった。竜樹さんも快諾していて、二人で晩酌まで始めたぐらいだった。
どちらもお酒が強い方なので、とても楽しそうに話をしていた。俺も飲めるようになったら、その中に加わりたい。これからの楽しみが出来た。
晩酌で二人は随分と仲を深めたらしく、翌日帰る時には名残惜しげだった。また来なさいという言葉は社交辞令ではないし、絶対に行くとの言葉もそのはずだ。
帰りの車内の中は、行きとは違い穏やかな空気が流れていた。
「楽しかったな」
「はい。楽しかったです」
しみじみとしている竜樹さんに、俺は胸がくすぐったくなった。家族と恋人が仲良くなったのが、凄く嬉しかったのだ。
「椿の言った通りだ。悪い方向に考えずに行かなくて良かった。いい人だってことは、ずっと前から分かっていたのに。大事な日だからって、そんなことも忘れかけていた」
「仕方ないですよ。俺だって、大丈夫かなって心配しかけました。父さんが反対するわけないって分かっていたはずなのに」
「お互い緊張していたからな」
「そうですね。でもまさか、晩酌をし出すと思いませんでした。俺を置いて盛り上がってましたよね」
「悪い悪い。椿も飲めるようになったら、三人で飲もうって話も出たから許してくれ」
「それならいいです」
砕けた話をしていると、竜樹さんの手が伸びた。俺の手を握り破顔する。
「俺は凄く嬉しい。これで恋人として触れ合えるってことだろう」
「は、はい」
そうだった。父への報告が終わったら、接近禁止令が解かれるのだ。昨日のキスは俺からだったけど、これからは竜樹さんからの触れ合いも増える。
絡み取られた指から、何かがじわりと体中を巡っていく。俺は顔を真っ赤にさせながら、それでも小さく頷いた。
「良かった。椿に拒否されなくて、嫌がることはしたくはなかったから」
「い、嫌じゃないんです。ただ、こういうことに慣れていないだけで」
「ゆっくりと進んでいけばいい。これから、ずっと一緒にいるんだからな」
「ずっと……」
「なんだ。ずっとは嫌か? 結婚するんだから、ずっと一緒にいるものだろう」
「嫌じゃなくて。えっと、なんて言えば良いんだろう。本当に結婚するんだなあって、実感が湧いてきて……何言ってるんだろう、俺」
話していて、段々としりつぼみになっていく。また顔が見られなくなって、窓の方に視線を向けていると握っている手が引き寄せられる。
「……ああ。俺も毎日信じられない気持ちだ。今でも夢なんじゃないかって思う」
俺の手に頬を寄せた彼は、心底幸せだとばかりだった。その顔が見たくなった。そっと、バレないように目線をやった俺は、すぐに顔を戻す。
なんだあの顔。どうして、そんなに優しい顔が出来るんだ。心臓の鼓動がおさまらなくて、思わず胸を押さえる。
「俺を選んでくれて、俺と共に生きることを選んでくれて、ありがとう」
「こっちだって。俺のことを、ずっと好きでいてくれてありがとうございます」
きっと、俺と竜樹さんは結ばれる運命だった。これまでは運命なんて信じていなかったけど、今はそう感じる。
「竜樹さんは、昔から俺のヒーローですね」
「急にどうした」
「ずっと憧れの存在で、手が届かないと思っていました。俺とは関わりのない人だと。そう思っていたんですけど、ずっと俺のことを守っていてくれたんですよね」
「ヒーローだとしたら、駄目駄目すぎるだろう。本当なら、ピンチになる前に助けるべきだった。それでもいいのか?」
「いいんです。これから二人でなんでも乗り越えていきましょう。俺も、竜樹さんの助けになりたいですから」
守られてばかりなんて嫌だった。俺も竜樹さんの支えになりたい。
「それが家族になるということでしょう?」
損得勘定なしに助け合う。そういう関係になりたい。
「そうだな。家族になるんだ」
「だから、ちゃんと俺にも弱いところを見せてくださいね。どんな竜樹さんだって、俺は好きですから」
「……椿には叶わないな。一緒にいたら、どんどん欲深くなりそうだ」
「どんどんなってください。俺は、全部受け入れますよ」
「椿の可愛さに殺されそうだ」
竜樹さんは、名残惜しげに手を離すと急いで車を進める。早く家に帰りたいと行動で示していて、俺も同じ気持ちだったから何も言わなかった。
「うわぁん。つぅくん、たっつんに虐められなかった?」
家に帰ると、優介君がまっさきに飛び込んできた。怪我したら危ないので受け止めようとしたが、その前に竜樹さんが立ちはだかった。
「なにぃ。たっつん邪魔なんだけどぉ」
邪魔をされた優介君は、あからさまに不機嫌な顔になった。でもそれをものともせず、竜樹さんは腕を組んで堂々と宣言する。
「椿は、正式に俺の恋人だからな。これからは、むやみやたらに触るんじゃねぇ。俺の許可を得てからだ。まあ、出すわけが無いが」
「うー。たっつんの馬鹿ぁ!!」
宣言をされた優介君は悔しそうに叫ぶが、さすがにこれに関しては俺も助け舟は出せなかった。そうしたら、絶対に竜樹さんの機嫌が悪くなる。
恋人贔屓ということである。優介君には申し訳ないけど。
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