第31話 いなくなった大事な存在  side竜樹




 椿が帰ってこない。

 現在の時刻は午後七時。高校生という面で考えれば、まだ騒ぐほどの時間ではない。しかし、椿の場合は違う。

 夕食の時間に間に合わない時は、あらかじめ連絡が来る。それ以前に間に合わないことが、ほとんどなかった。


 何かがおかしい。それを感じているのは、俺だけではない。


「駄目です。いくらかけても繋がりません」


「こっちも空振りぃ。クラスのみんなに聞いてみたけどぉ、約束していた人はいないしぃ、見た人もいないよぉ」


 倉敷と満重がスマホを片手に、眉を下げた。その表情は、心配しているのがありありと伝わってくる。俺も表情には出さないが同じ不安を抱えていた。

 椿の身に危険が迫っているのではないか。いや、すでにその渦中にいるのかもしれない。情報が何も無いからこそ、不安がどんどん募っていった。


「どこで誰に会おうとしていたのか、誰も聞いていないんだよな」


「はい。昔の友人に会うとだけ」


「俺もぉ。詳しく聞こうとしたらぁ、上手くはぐらかされちゃったぁ」


「こんなことなら、無理やりにでも聞き出すべきだったな」


 それをしなかったのは、椿に嫌われたくなかったからだ。嫌がることをして、面倒だと思われたくなかった。そうすれば自分を一番好きになってくれると、抜けがけする気だった。

 その結果がこれだ。馬鹿なことをしでかしたと反省するしかない。

 俺は舌打ちをする。


「なんでこんなことになったんだ。一体何があったんだ。……椿」


 名前を呼んだところで、答えてくれる声がない。ここにいないのだから、当たり前の事実なのに胸が騒ぐ。

 椿がどこかで泣いている気がした。早く助けないと手遅れになる。


 こんなにも嫌な予感がするのは、あの時以来である。そう考えて、全身を一気に寒気が襲った。

 まさかそんな。絶対にありえない。

 頭で何度否定しても、その考えがこびりついて離れなかった。

 誰かに否定してもらいたくて、俺はその考えを口に出す。


「……あいつじゃ、ないよな……」


 言わなければ良かった。現実味が増してしまった。言霊を信じているわけじゃない。しかし俺が言ったせいで、真実になってしまう。そう思った。

 口を押さえたが、もう言葉は届いている。同じことを考えていたらしく、驚いた様子はなかった。


「そんなはずは……二度と接近しないと約束を交わしましたし、椿君の居所はあなたが隠していたのでしょう?」


「ああ。トップシークレットにしている」


「それじゃあ、あいつがつぅくんと接触できるわけないよねぇ……」


 あんなことが二度と起きないように、完璧に隠している。自信を持っていたが、今はそれがとても脆く感じた。

 違うと確認できるまでは、この不安は消えない。それなら、すぐにでも確認するべきだ。

 自信のすま取り出し、連絡先を開く。そして、よく連絡を取り合うため履歴の上の方に残っている電話番号に触れた。

 出てくれという願いが通じたのか、すぐに繋がる。


「もしもし……突然すみません。一つ確認したいことがあるのですが」


 どうか違っていてくれ。俺は突然の電話を謝罪しながら、すぐに本題に入った。






 電話を終えて、不安が無くなるどころか大きくなった。


「ねぇ、もしかしてぇ」


 漏れ出る声で、何を言っているのかは予想出来たのだろう。それでも、俺から否定の言葉が欲しくて質問してきた。


「最悪の事態を覚悟した方が良さそうだ」


 電話の相手は椿の父親だった。

 確認したのは、あいつが今もきちんと隔離されているかどうかだ。しかしその答えは、いいものではなかった。


「向こうの家に連絡したら、どこか変な感じだったらしい。答えを濁した。つまりは」


「隔離先から出ている可能性があるわけですね」


「そういうことだ」


 全く何を考えているんだ。いや、何も考えていないのかもしれない。


「結局、甘やかしていたわけだ」


 責任をもって面倒を見ると土下座してきたから、本来なら二度とまともな生活が出来なかったのを抑えて、生涯軟禁で話をつけたのだ。

 向こうもそれなりに地位があるから、何がなんでも守ると思っていたが、どうやら俺も甘かったらしい。完膚無きまでに叩き潰しておくべきだった。


「……どうやったかは分からねぇが、椿はあいつに連れ去られた可能性が高い」


 それは考えられる中で一番最悪の状況だが、楽観的になるよりは頭の中に置いておくべきだ。


「これから、それを想定して椿を探す。まずは、あいつの家族と話に行こうと思うが……どうする?」


 一応聞いたが、すでに答えは決まっているはずだ。


「もちろんついて行きます」


「俺もぉ。前は子供だったけどぉ、話したいことがたぁくさんあるから行くぅ」


 ここで変に遠慮するようだったら、俺が婚約者候補から叩き出していた。敵が減らなかったのは残念だが、今は人手があればあるだけ欲しい。

 一度許されたからと、年月が経っているからと、そんな気の緩みでこの事態を引き起こした。今度はどんなに土下座をしたところで、絶対に許しはしない。


 これで、もしも椿の身に何かあれば……。想像をして、目の前が赤くなった。

 弱気になるな。絶対に助ける。

 俺は、どこかで待っている椿に心の中で話しかける。

 大丈夫だ。必ずどうにかする、と。






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