第22話 トラブルの種?





 話を聞いたおかげで、三人との関係が格段に良くなった気がする。昔のことを話せるようになったからか、倉敷先生と優介君も嬉しそうだ。アルバムを使いながら、話をするのが日課になっている。

 その全てが新鮮で、面白い。父が知らなかった話、子供だけの秘密の物語。当時のキラキラが感じられて、その場所にいるかのようだった。実際にそうなのだけど。


 たくさんの話をしてもらってはいるが、どんなことを聞いても思い出すきっかけにはならなかった。焦らなくていいとは言われても、焦ってしまうのは仕方の無いことだった。

 それでも、事件のことを調べるのは止めた。周囲に止められたのもあるし、俺も心のどこかで怖かった。そこは忘れたままにしておきたかった。


 まだ、誰かを選べていない。

 好きな気持ちは大きくなっている。しかし、それは三人ともだった。平等だからこそ困っていた。それは良くない。分かっていても、気持ちは止められなかった。


「……三人に対して不義理だよなあ」


 悩みは尽きない。一人、河原でたそがれていた。優介君には先に帰ってもらった。暗くなる前に家に帰ると約束したから、そこまで悩んでいられる時間はない。

 体育座りになりながら、ため息を吐いていると後ろに気配を感じた。誰かが立っている。広い河原で、わざわざ俺の後ろに立つ理由はそれほどない。ここがお気に入りの場所だと言うのならどくが、そういうことでもないだろう。俺に用があるわけだ。一体誰だ。

 頭の中で候補を出しながら振り返った。


「……誰?」


 知らない人だった。歳は竜樹さんと同じぐらいだろうか。綺麗な人である。でも今は、腕を組んで俺を見下ろしているせいで怖さの方が勝つ。どうしてこんなに怒っているのか。知らない人のはずなのに。


「えっと、すみません……ここに座りたかったんですか? それなら、すぐにどきますので」


 関わらない方がいいと、その場から立ち去ろうとしたのだが、先手を取られて逃げられなかった。どうやら俺に用があるらしい。でも、どう考えてもいい話では無さそうだ。


「あの……どちら様で」


「あんた、竜樹さんの婚約者なんだって?」


 ああ、そういう用事か。すぐに相手の目的が分かった。むしろ今まで、誰も来なかったことの方が不思議だったのだ。


「婚約者っていうか、まあ候補ですけど」


「信じられない。こんな子供が、竜樹さんにはふさわしくない!」


 つまり、この人は俺が婚約者候補だというのに腹が立って、俺に文句を言いに来たのだろう。この流れだけで、話が通じないタイプだと分かってしまった。面倒そうである。逃げたくなったが、話を聞いてからでも遅くないと考える。


「どちら様ですか?」


 とりあえずは、相手が誰なのかを知っておこう。竜樹さんの知り合いだというのは分かっているとしても、それ以上の情報はない。

 名前を聞いただけなのに、彼は眉をつり上げた。


「馬鹿にしてんの!?  僕のことは知らないって? 興味がないって?」


「そういうわけではないですけど……ただ単に知らないだけで。教えてもらえたら話がしやすいんですけど、駄目ですか?」


 こういうタイプは刺激しないように、下手に出るべきだ。怒らせたら面倒くさい。そして、その作戦は上手くいった。


「そんなに言うのなら、しょうがないから教えてあげる。僕は白鷺しらさぎ。竜樹さんの恋人」


「恋人、ですか」


 知り合いだろうとは思っていたけど、恋人という肩書きは予想していなかった。俺は驚いて固まる。

 そういえば、確認をしていなかったが、三人に恋人はいなかったのだろうか。俺のせいで仲を切り裂いたとしたら、申し訳なくなる。俺のことを好きだと言ってくれても、恋人だった人は納得できるわけがないだろう。

 目の前にいる白鷺さんを、よく見てみた。最初から思っていたが、とても綺麗な人である。すらりと背が高く、しかし細すぎるわけでもない。可愛いというよりも綺麗系で、街を歩いていたら十人が十人振り向くだろう。

 竜樹さんの隣に立っても遜色ない。俺よりもずっと。

 そう考えたら、胸がちくりと痛んだ。


「本当に、竜樹さんの恋人なんですか?」


「そうだよ! 僕と竜樹さんは結婚も考えていたのに、急に遺言で婚約だのなんだのって話になって。あんたのせいで別れることになったんだから!」


「そうだったんですか。すみません、全然知らなくて……」


 もしこの話が本当だとしたら、俺はとんでもないことをしでかした。謝っても謝り足りない。


「それじゃあ早く竜樹さんを解放してよ! そうすれば、竜樹さんは僕の元に戻ってきてくれるんだから!」


「はい……竜樹さんと話をします」


 こんな大事なことを隠されていたなんて、誰も決められずに迷っている場合ではなかった。すぐに家に帰って話をしなくては。もう一度頭を下げて、そのまま立ち去ろうとしたのだが、腕を強く掴まれて止まらざるを得なかった。


「ちょっと待って!」


「いたっ!」


 遠慮のない力加減に顔をしかめた。しかしそんな俺の様子に気づかずに、白鷺さんは口を開く。


「僕のことを悪く言うつもりでしょ。そんなの許さないんだから」


「そ、そんなことはしません。あのっ、痛いので離してくださいっ」


「逃げるなんて許さないっ」


 話を聞いてくれない。どうすればいいか困っていたら、白鷺さんの後ろに人影が見えた。


「……何やってんだ」


 それは竜樹さんだった。





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