第21話 受け入れていく
まさか、話が誘拐事件にまで発展するとは。しかも被害者が自分。人生というのは、とんでもないものが潜んでいるものだ。
アルバムを持ち帰った俺を待っていたのは、誰もいない家だった。まだ、他のみんなは帰ってきていないらしい。伝えていた帰宅時間よりも早いから、そのせいもあるのかもしれない。
そうなると、帰ってくるまであと三十分ぐらいは残っていそうだ。それが分かれば、やることは一つである。
もう少しアルバムを見てみよう。まだしっかりと見ていなかったから、ずっと気になっていた。
俺は周りに誰もいないのを確認すると、さっそく中を開く。
先ほど少し見た生まれてすぐの頃。そこから段々と大きくなっていく。一人息子なのもあってか、とにかく数が多い。初めてシリーズも豊富にあって、初めての炭酸に泣いている姿は、自分のものだから恥ずかしかった。
この頃のことを覚えていないが、幸せだったのは伝わってくる。倉敷先生と優介君が現れるようになってからは、さらにだ。
四人で会うことが多かったのか、ほとんどの写真が全員で写っている。どの写真でも中心にいる俺は、嬉しくてたまらないといったばかりに笑顔でピースしている。
あんなことが起こらなかったら、ずっと関係は続いていただろう。そう思うと、犯人に怒りが湧いてくる。
「……そういえば、犯人について聞かなかったな……」
「犯人?」
「そう。俺を誘拐したって人……」
どうして、会話が成立したんだ。独り言だったら、ありえないはずの返事があった。
嘘だ。いくらなんでも早すぎる。幻覚であってほしいと願いながら、油の切れたロボットみたいなぎこちなさで、声がした方をゆっくりと見た。
しかし願いは虚しく、そこにはにっこりと笑う竜樹さんがいた。
「お、おかえりなさい。随分と早かったですね。俺も、ちょうど帰ってきたところなんですよ」
アルバムを背中に隠しながら、なんとかごまかせないかとあがいてみる。
「父さんも変わりなくて。竜樹さんにもよろしくと言っていました。あはは。いつまで経っても、子供扱いで嫌になりますね」
「椿」
「あ、これ。お土産で」
「椿」
無駄なあがきだとは分かっていたけど、名前を呼ばれただけで降参してしまう自分が情けない。
「今日は、なにをしに家に帰ったんだ?」
どうやってもごまかせない。それなら俺に出来るのは、ただ一つ。
「すみませんでした」
素直に認めることだ。
そこからは、洗いざらい話を聞き出されてしまった。ほとんど尋問だ。泣きそうなのを耐えて、包み隠さず話した。
途中で倉敷先生と優介君が合流したせいで、さらに圧が増える。みんな笑っているのに、どうして怖いのだろう。
「詳しいことを話さずにすみませんでした。父に連絡しなければいけないので、俺はこれで」
最後の方には涙目になりながら話し終えると、そのまま逃げ出そうとした。しかし、それを簡単に許してもらえるわけがなく。
「つぅくん、どこ行こうとしているのぉ。まだ話は終わってないよぉ」
優介君に腕を掴まれて、そして立ち上がりかけた腰を下ろすしかなくなる。
「え。えっと、怒ってる?」
「まぁ、当たり前だよねぇ。どうしてなんにも相談せずにぃ、勝手に話を聞いたのぉ?」
「それは……」
「つぅくんが嫌なことを思い出すんじゃないかってぇ、忘れていたのは悲しかったけど我慢していたのにぃ」
そうか。だから匂わせるようなことは言っていたけど、昔からの知り合いだってことは話さなかったのか。俺が事件の記憶までも思い出さないために気を遣って。
「本当にぃ、大丈夫なのぉ?」
「うん。話を聞いても、全く自分の話だとは思えなくて。倉敷先生や、優介君のことも思い出せていないんだ。ごめんね」
「そんなこと気にしなくていいんですよ」
いまだに忘れたままなのを謝れば、倉敷先生が俺の前にお茶の葉行ったカップを置いてくれる。前に俺が好きだと言ったお茶だった。気を遣ってもらっている。
「ありがとうございます」
「これぐらい、なんてことはありませんよ。他人事のように感じたとしても、聞いて楽しい話ではなかったでしょう。リラックス効果もあるので、ゆっくりと飲んでください」
倉敷先生の言う通り、お茶を飲むと気持ちが落ち着いた。疲れていたつもりはなかったけど、知らず知らずのうちに疲労を感じていたらしい。ほっと息を吐くと、頭を下げた。
「何も言わずに、勝手なことをしてごめんなさい」
心配をかけたのは事実だ。内緒にしていたのも俺が悪い。
「でも、そうしないと教えてくれなかったでしょう? 俺は全てが知りたかったんです。何があったのか全部」
「……椿君」
「そして話を聞いたことを後悔していません。聞いて良かったと思っています。二人のことを、もっと知りたいと感じました。それは、駄目なことではないですよね?」
「つぅくん」
感動する二つの顔の後ろで、しかめっ面が一つ。竜樹さんだ。
「……俺のことは?」
仲間外れにされて拗ねたらしい。なんだか可愛いところもあると、本人が聞いたら怒りそうなことを考える。
「もちろん、もっと知りたいと思っていますよ」
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