第48話 少し先の話
それから少しの月日が流れ……。
紆余曲折はあったけど、今日は俺と竜樹さんの結婚式だ。
籍は高校卒業と同時に入れたのだが、結婚式は俺が二十歳になるまで待っていた。その方がいいと、二人で相談して決めた。
そして、俺が二十歳の誕生日を迎えた今日、結婚式を挙げることになった。
ほとんど客は招待していない。大々的なものを、俺が望まなかったからだ。大好きな人達に祝ってもらえるだけでいい。
だから父と、竜樹さんの親、倉敷先生と優介君を招待した。場所は自然に溢れた教会で、一目見た時からここしかないと思った。竜樹さんも同じで、すぐにここで式を挙げることにした。
まるでおとぎ話のような、綺麗な教会。花が咲き、今日という日を祝福するみたいに晴れていた。
俺と竜樹さんは、お揃いのスーツを着ている。別々の色にしようかと迷ったけど、結局二人とも白にした。好きな色が白だったからだ。
式が始まるまで、俺達は会わないことにしている。準備のところから見てしまったら、感動が薄くなってしまう気がした。スーツは決めたけど、着ているところはお互いに見ていない。本番までのお楽しみだ。
式場のスタッフの人達は、みんな優しい。プランを決めていた時からそうだけど、俺達のことを温かく見守ってくれている。
「今日は、お二人にとって素晴らしい日になりますよ」
準備を進めながら、何度もそう励ましてくれて、俺は緊張している暇もなかった。慌ただしいけど、それが竜樹さんとの結婚式のためだと考えれば嬉しい。
「ありがとうございます。竜樹さんの方は、特に問題ないですか? わがままとか言っていませんよね?」
「はい。あちらの方も滞りなく進んでいます。お二人共素敵だから、うちのスタッフも特に気合が入っていますよ」
ふふ、と楽しそうに笑う。お世辞かもしれないが、そう言ってもらえると嬉しい。竜樹さんの方も順調で良かった。
こういう時はトラブルがつきものなイメージだが、今のところ特に大きなトラブルはない。スタッフの人達のおかげだ。
「二十歳の誕生日に式を挙げるなんて、とても素敵ですね」
「……彼が、早く挙げたいと。それに思い出になるだろうって」
「愛されているんですね」
「……はい」
嬉しさに頬が染まる。顔を見られたくなかったけど、準備中では隠すことも出来ない。微笑ましげに見られながら、そのまま準備が進められた。
きっと、今日は人生最高の日を更新する。そんな予感がした。チャペルの扉の前で、俺は父と並んで立っていた。俺の姿を見て、父はまだ一言も話していない。今も、隣に立っているのに俺の方を全く見てくれなかった。寂しい。俺は、そっと父の袖を引く。
「あの、今日はありがとうございます」
聞こえていなかったのか、父は無言だった。俺はもう一度話しかけようとしたが、その前に父が話し出す。
「……今日という日を迎えられて良かったな」
あまりに小さくて、囁くぐらいの声。それでも、俺にははっきりと聞こえてきた。
「父さんのおかげです。色々と手助けをしてくれて、凄く助かりました」
「子供の晴れ舞台なのだから当然だ。……とても似合っている。母さんと結婚式を思い出したよ」
父は母のことを話さない。母の思い出は、自分の中だけで大切にしたいからだ。今まで、こうして話してくれることは無かった。
でも、だからこそ、その言葉が胸に染みる。
「俺、母さんに似ていますか?」
「母さんの方が綺麗だが、椿も負けていない」
「それなら良かったです。俺、父さんの子供で幸せでした。これからも幸せです」
「……俺も、椿が息子で良かった。幸せになってくれ」
「はい……父さん」
さすがにここでは泣けない。俺は唇を噛み締めた。父はそれを見て手を伸ばす。
「傷になるから気をつけなさい」
「はい」
ちょうどその時、入場の合図があった。俺達は顔を見合わせて、そして腕を組んだ。
扉が開き、赤いカーペットの先に竜樹さんの姿が見える。父のエスコートで、一歩ずつ踏みしめて歩く。両脇から、みんなが小さく声をかけてくれる。
「つぅくん。おめでとう」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
竜樹さんの元まで辿り着くと、父が俺を彼に託す。声をかけるのも忘れない。
「よろしく頼むな」
「はい」
竜樹さんはしっかりと頷いた。
「新郎竜樹、あなたは椿をパートナーとし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、パートナーを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「新郎椿、あなたは竜樹をパートナーとし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、パートナーを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
式は滞りなく行われ、神父の言葉に頷くと誓いのキスの時間になった。
竜樹さんと向かい合い、視線を交わす。
「椿、とても綺麗だ」
「竜樹さんも……凄く似合っています」
二人で見とれていたら、いつまで経っても進まない。俺は男は度胸だと、彼の首に腕を回した。
俺からキスをすると、悲鳴と歓声がわいた。すぐに大きな拍手に変わり、俺達を祝福し始める。
やはり、今日は俺の人生最高の日だ。
竜樹さんも同じだろう。
でもこれから、最高の日を何度も更新していきたい。
その花はどこで咲く 瀬川 @segawa08
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