第37話 奴と会う  side竜樹





 椿のメンタルケアを終わらせて、寝たのを確認すると椿の父親に任せる。いつもより幼く見える寝顔に、俺は自然と手が伸びていた。

 柔らかな髪を堪能していると、横から視線を感じた。


「なんだよ」


 視線の主は二人。倉敷と満重だ。満重にいたっては、まるで子供みたいに頬を膨らませている。


「いえ。役得ですね」


「たっつん、この前からずるい!」


 この前というのは、椿を助けた時のことを言っているのだ。椿に駆け寄り、咳き込む背中をさすったのは倉敷だった。心配する声をかけたのは満重。俺はというと、まずはあいつの戦意を喪失させるために一発お見舞いしていた。

 貧弱な男だったので、それだけで気絶した。そのまま拘束していた時に、椿に呼ばれた気がして振り返ったら寄りかかられていた。

 どんな状態から俺の方に来たのだと、不思議に思いながら抱きとめたのだが、それに不満だったのは他の二人だ。

 ブーブー文句を流しながら、俺は腕の中の椿を見た。趣味が悪いあいつの服を着せられた椿は、顔色が悪く本当の人形みたいだった。とても軽くて、少しでも目を離したら消えてしまいそうで、恐怖を感じた。


 先程見た光景が頭にこびりついていた。馬乗りになられて首を絞められれている椿は、何故か笑っていた。その微笑みが綺麗でもあって、そんなふうに思う自分が信じられない。

 とにかく、生きていてくれて良かった。あと少しで、この手から永遠に失うところだった。存在を確かめるために、力強く抱きしめたらブーイングの声が大きくなった。しかし、俺はそれを完全に無視した。


「昔のことなんて覚えてねえよ」


「うわぁ。そう言ってぇ、今絶対感触を思い出していたでしょう。ムッツリぃ」


「あの時は、たまたまですから調子に乗らないでくださいね」


「へぇへぇ。分かりましたよ」


 まだうるさいから、いつものように受け流す。それよりも大事なことがあった。

 目的地に近づくと、俺達は自然と無言になる。楽しく話をする場所ではないからだ。

 眉間のしわが濃くなっている。それは俺も同じだろう。


 目的地に着くと、無言で顔を見合わせる。そして示し合わせたように、順番に中へと入った。

 とある建物の地下深く。エレベーターで降りると、気温が下がったせいか寒気がした。しかし、この場所の目的を考えると合っている。


 俺は何度か来たことのある場所なので、案内する役目も担いながら先に進んだ。右へ左へ何度も曲がり、そしてようやく辿り着くと鍵を使って開ける。

 この鍵は、俺と俺の父親しか持っていない。中からは決して開けられない仕様になっている。そういう用途で使う部屋だからだ。


 鍵を開けた音を聞きつけたのか、こちらに駆け寄ろうとする気配があった。しかし足に付けられた拘束具が邪魔をして、ここまで辿り着けなかった。どうやら転んだらしい。無様な姿に、自然と舌打ちが出る。


「たっつん、顔怖いよぉ。鬼みたい」


「お前も、そこまで人のこと言えないだろ。被っている猫が取れてないか」


「別に猫かぶってるわけじゃないよぉ。この話し方のせいでぇ、勘違いされているだけだからぁ」


「そう言って、椿君の前では存分に利用なさっているでしょう」


「チャンスはものにする性格だからねぇ。それにぃ、なんだかんだいってつぅくんも分かっていると思うよぉ。それでも許してくれているのがぁ、羨ましいだけでしょう?」


 軽口のような会話が始まったのは、リラックスしているからではなく、その逆だ。こうして話をしていないと、すぐにでも暴力に訴えそうになる。倉敷はそんな俺を暴力的だの、脳筋だのと揶揄ってくるが、今の自分の顔を鏡で見ればいい。お前も大概である。


 話をしながら、床にへばりつく虫を見下ろす。本当は視界にすら入れたくないが、ぐっと我慢する。


「た、竜樹さんっ。僕をここから出してくださいっ、全部誤解なんですっ」


 不快だ。足に縋りつこうとしてくるので、後ろに下がった。蹴らなかっただけ感謝して欲しい。

 どうしてこんなに騒ぐのか不思議だ。まだ自分は許してもらえると、そんな馬鹿な期待をしているのか。


「し、知らなかったんですっ。騙されていただけなですっ。信じてください!」


「邪魔だ。俺に触るんじゃない。やれ」


 俺がそう言えば、拘束されていた鎖が一気に短くなる。そのせいで、また無様に転んだ。

 しかし、それを無視して奥へと進む。一番奥のところには、あいつが座って待っていた。落ち着いた様子で、まるで客人でも出迎えるみたいだ。


「やあ。この前ぶりだね」


 俺に殴られて、まだ腫れている頬はどす黒くなっている。それぐらい強い力で殴った。もしかしたら痕が残るかもしれない。心底どうでも良かった。むしろ、顔の形が変わるまで殴れば良かったと後悔しているぐらいだ。

 俺は奴を睨みつけながら、椿のことを考えた。怯えて細くなった姿が浮かび、すgに怒りが湧いた。


 こいつとは、ずっとじっくりと話がしたかった。俺のためにも、椿のためにもだ。

 ようやくその機会が得られたのだ。これを逃す手はない。




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