第38話 話をする時間 side竜樹




 椿が上手くごまかされてくれたかどうか微妙なところだが、こいつは全く反省していなかった。


「ねえ、椿君は元気にしている?」


 こうやって挑発しているのか、椿の名前を出して神経を逆撫でしてくる。お前が椿の名前を呼ぶなと何度も言っても、ヘラヘラするばかりで聞こうとしなかった。いちいちムカつく男だ。


「お前には関係ないだろう」


「そういう言い方をするってことは、元気なんだね。もし何かあったら、僕はすぐ殺されていただろうから」


「その口、切り裂いてやろうか」


「物騒だなあ」


 ケラケラと笑う奴は、この状況を分かっていないのだろうか。頭がおかしい。元からか。

 こんな奴に、ずっと椿が苦しめられていたのかと考えると、腹が立つどころの話ではない。


「僕はどうなるのかな。もしかして殺される? そのぐらいは朝飯前だよね。僕の存在自体消し去ったりして。でも残念、殺されるのは怖くないんだな」


 どこまでも神経を逆撫でしてくる。本当に殺されても構わないから、こんな態度をとれるのだろう。その余裕が、俺達を嘲笑っているかのようだった。


「これは別に虚勢ではないからね。僕がここで死ねば、椿君の心にずっと残り続ける。それって素晴らしいことだよ」


 ああ、殺してやりたい。しかし、それは駄目だと必死に頼みこんできた椿のことを思い出して、なんとか踏みとどまった。


「椿君はどうかな。怯えていないかな。僕のことを思い出して、眠れなくなっている? 僕のことを忘れていたみたいだけど、もう一生忘れられない思い出が出来ただろう」


 拳を握りしめ、その痛みで冷静になる。こいつを、今回捕らえることが出来て良かった。こんな頭のおかしい人間は、決して野放しにしてはいけない。

 俺は深呼吸を繰り返す。この余裕な顔を歪ませる。そうすれば、少しは気も晴れるはずだ。


「お前、椿は失敗作だったって騒いでなかったか。それなのに、随分と熱烈じゃねえか」


 俺達が踏み込む前に、椿は最後の抵抗をしたらしい。こいつを怒らせる言葉を吐き捨て、それで椿が従順な人形でないことを、自分の理想ではないことを思い知らせたはずだったが。まだ、こいつの中で椿の好感度が高い。

 こいつと分かち合いたくはないが、椿は面倒なタイプに好かれやすい。そこに俺も入っている。自覚済みだ。


「少しわがままになっていたけど、やはり椿君は人形にふさわしい存在だ。時間をかければ、また完璧になってくれる。ねえ、椿君に会わせてよ。殺してくれないなら、椿君に会いたい」


 椿は麻薬みたいだ。本人に自覚はなくとも、人を魅了し離さない。しかし、だからと言ってこいつがやったことが正当化されるわけではなかった。こういう変態から、俺は椿を守る。そう決めたはずだったのに、今回更なるトラウマを与えてしまった。

 椿本人が大丈夫だと言っても、罪を償うまでそばにいるつもりだ。


「あなたにお渡ししたいものがあります」


 今までやり取りを見守っていた倉敷が、そろそろ我慢出来なくなったのか間に入る。


「あっ。有名な作家先生だ。あの時はまだ学生だったのに、随分と立派になったね」


 馴れ馴れしい態度に眉間にしわが寄ったが、特に何かを言うことなく奴に向かって紙袋を投げた。

 それを難なく受け止めると、中を覗き込む。その瞬間、顔から笑みが消えた。


「……これは……」


「ええ、そうです。あなたの大事な大事なお人形ですよ」


 紙袋の中に入っているのは、奴の求めていた人形だった。偽物や似ているものではなく、正真正銘の本物である。奴の家に行った時に、いつか使うかもしれないともらっておいた。そして、今がその時だった。

 感動の再会に言葉を失っている。その目から涙さえも溢れ出した。一気に邪気がなくなって、人形を壊れないように抱きしめる。

 もう俺達のことなんか、存在を認識していない。


「……つぅくんの言っていた通りになったねぇ」


 満重が嫌そうにこぼす。俺も同じ気分だった。

 椿は、奴に人形を渡せば執着が消えると考えた。そしてその通りになった。

 こんな簡単なことで消えるのなら、もっと早くにするべきだった。奴の親を恨みたくなる。


 しばらく人形を抱きしめていた奴だったが、人形の顔をじっくりと見始めた。その様子に、何か嫌なものを感じる。


「……違う。違う違う違う違う! 彼女はこんなんじゃなかった!」


 叫んだかと思うと、人形を床に叩きつけた。勢いが良かったのもあり、首と体が離れた。しかし、奴はそんなことを気にしていなかった。


「こんなのは僕の人形じゃない。僕の人形はもっと可愛くて綺麗で……椿君はどこ?」


 やはり椿の魅了する力は強い。本物に勝ってしまったのだ。

 ここに来て良かった。この場に居合わせられて良かった。


「……椿君が、僕の理想なんだ。椿君がいればそれでいい。椿君はどこ?」


 壊れた人形を追いやって、椿を求めて探し出す。とても滑稽な姿だった。

 どこかで間違えれば、俺もこんなふうになっていたのだろうか。いや、俺はこんな頭のおかしい人間にはならない。


「お前が椿に会うことは無い。一生な」


 殺す以外は禁止されていない。つまりはそういうことだ。俺達は視線を交わすと、奴に近づいた。




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