第39話 事件が終わり
あの人のことを、三人が処理をしたのを俺は分かった。何かを言われたわけではないけど、雰囲気から察した。約束したから殺していないとしても、もう二度と会うことはないだろう。
俺が提案した、人形を返すというのはやってくれたのか。それも約束したから、きっと守ってくれたはずだ。
まだ、たまに夢を見る。夢の中での俺は、未だにあの部屋で人形として過ごしている。誰も助けは来ない。そして最後には首を締められて目を覚ますのだ。
目を覚ますと最悪の気分である。首を絞められた感触が現実のものみたいに残っていて、自分の部屋にいるのがすぐには飲み込めない。
本当に助かったのか。実はこっちの方が夢なのではないか。俺はずっと人形として、閉じ込められたままではないか。その思考から抜け出すのに、随分と時間がかかってしまう。
そんな俺の状態をまっさきに知ったのは、竜樹さんだった。俺が助けを求めたわけでも、竜樹さんが観察して気づいたわけでもない。本当に偶然だった。
その日も悪夢から目覚め、喉が渇いたから部屋から出た。フラフラで顔色も悪く、髪の毛も寝癖にしてはあまりにも乱れていた。
こんな状態で部屋の前で会ったら、何かあったと思うのは当然だった。
「眠れないのか?」
竜樹さんもすぐに気がついて、確信を持った問いかけをしてきた。
ここでごまかしても意味は無い。どうせ聞き出されるだろうから、さっさと認めてしまった方が楽だ。
「……はい。いつもでは無いですけど」
「あいつのせいか?」
「はい」
素直に話せば、竜樹さんは大きく息を吐いた。
「あ。でも、水を飲めば落ち着くと思うので。心配しなくても大丈夫ですよ」
すでに竜樹さんは、俺の行方を探すために、ただでさえ忙しい中で時間を割いてくれた。これ以上、迷惑はかけたくない。
大丈夫だと笑ってみせたが、逆に彼の機嫌は下がった。
「大丈夫じゃない時は、大丈夫じゃないって素直に言え。言わないで我慢していたって、誰も助けてくれない。なんのために口がついているんだ」
そう言って手首を掴まれた。自覚はなかったが、いつの間にか首元を触っていたらしい。首を絞められらたのを気にしていると、大々的に宣言しているようなものだった。彼の機嫌が悪くなったのも頷ける。
「……夢を見るんです。あの時の夢を」
一度口に出すと、止まらなくなりそうになる。でも、部屋の前で立ってする話でもない。竜樹さんもそう思ったのか、声を潜めて下を指す。
「まだ眠れないなら、下で話を聞く」
「でも、明日も仕事で早いんじゃ」
「話を聞かなきゃ気になって眠れない。別に少しぐらい夜更かししたところで、駄目になるほどやわじゃないから気にするな」
そこまで言われてしまったら、もう話さなくては終わらない。
他の二人を起こさないように、音を立てずに下へ行く。リビングに着くと、手元灯だけをつけた。仄かな明かりだが、今はこのぐらいがちょうどいい。
わざわざ話を聞いてもらうので、その対価として簡単にホットミルクを用意した。
一口飲めば、自然と息がこぼれる。
「……今が本当に現実なのか、その実感が湧かなくて」
「これが夢だと思うのか?」
「そんな感じです。助け出してもらえたはずなのに、精神はまだあそこに囚われたままなのかもしれません」
「首を触るのは、夢であいつに絞められているからか?」
「はい。自分では大丈夫だと思っているんですけど、夢に見るってことは怖いんですかね。首を絞められて、それで目が覚めるんです」
小さな舌打ちが聞こえたかと思ったら、気づいた時には竜樹さんに抱きしめられていた。
彼の腕は安心する。俺を傷つけないと確信が持てる。
「どうだ?」
抱きしめたまま、彼が聞いてくる。
「あ、たたかいです」
「そうか。これが夢だと思うか?」
抱きしめる腕、体温、匂い、全てが現実だった。ここに竜樹さんはいて、俺もいる。あの部屋ではない。
「ゆめじゃ、ないです。……俺は、ちゃんとここにいるんですね」
「ああ、ここにいる。不安になったら、いつでもこうしてやるから一人で抱え込むな。もう、椿を失いたくない」
こうやって抱きしめてもらえたら、確かに大丈夫だと安心できそうだ。ホットミルクよりも、俺にとっては安眠効果がある。
ほっと息を漏らすと、おそるおそる背中に手を回した。
「迷惑じゃないですか? たぶん、凄く甘えちゃいますよ」
「構わない。むしろ、もっとわがままを言って頼れ。どんなことを言われたって、椿が望むなら叶えてやる」
「……俺、あの時死んでもいいってヤケになっていました。人形になるぐらいなら、死んだ方がマシだって」
その事実は、今まではっきりとは言わなかった。竜樹さんの抱きしめる力が強くなる。
「でも、意識を失いかける前に……みんなに会いたいと思ったんです。悲しませたくないって。……だから、今こうしていることが、とても幸せです」
それでも、まだ内緒にしていることがあった。本当に最後の最後の瞬間、俺の頭に浮かんだのは一人だけだった。
誰なのかは、まだ話せなかった。
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