第40話 気持ちを自覚していく
特別な存在とはなんだろう。
最近、よく考えるようになった。
恋愛に絞らなければ、思い浮かぶ人はいる。
父が筆頭で、竜樹さん、倉敷先生、優介君ももちろん入っている。
恋愛に絞ったら、思い浮かぶ人はいた。でも、確定はまだ出来ない。
この気持ちを大事にしたい。将来恋愛にならなかったとしてもだ。
竜樹さんのおかげで、夢を見る回数は段々と少なくなった。それでも夜に話をする時間はは減らなかった。竜樹さんが減らしたくないと言ったのと、俺も減らしたくなかったからだ。
彼と二人きりで、とりとめのない会話をする時間が楽しかった。たまにあまりの眠気に話をせずにいることもあったが、その時間も心地よかった。
無言でも気まずくないのは、竜樹さんの雰囲気がそうさせるのだろうか。最初の頃を考えると、大きな変化である。
「椿は、将来どうしたい?」
そんなある日、ふと竜樹さんが聞いてきた。特に重要な感じではなかった。ただの世間話のようなものだったのだろう。
俺も軽く答えられれば良かったのだけど、すぐに答えを出せなかった。
でも考えて考えて、自分の気持ちをゆっくりと伝える。
「結婚、は最近嫌だとは思わなくなりました。最初は結婚しない方向で、進めてしまおうと考えていましたけど、前向きに進めたいです」
「その気持ちの変化は、誰かを選ぶ気になったからか?」
静かな声で、彼が尋ねてきた。その声色からは、緊張しているのが伝わってくる。
「そうかもしれません。……これが、恋に育ってくれたらいいと思っています」
胸に手を当てて微笑む。そうすれば、なんの脈絡もなく竜樹さんが立ち上がった。
「竜樹さん?」
「……悪い。そろそろ明日の準備をしなきゃならないから、もう寝る」
突然だったので、困惑していると彼は息を吐いた。
「明日から忙しくなるから、こうして話をする時間はとれなさそうだ。夜更かしは体に良くないし、最近は夢も見なくなったんだろう。話をしなくても大丈夫だな」
「え、あのっ」
「さっさと寝ろよ。それじゃあな」
引き止める暇もなく、竜樹さんはいってしまった。俺は中途半端に腰を上げた状態で、その背中が消えるまで見ていることしか出来ずにいた。
どう考えても、彼の機嫌を悪くさせてしまった。俺の言葉のせいだ。先ほどの答えで、竜樹さんは気分を害した。
俺が、結婚するのが、選ぶのが嫌なのだろうか。……俺の気持ちが、彼にとっては迷惑だったのだろうか。
「避けられた、ってことはそうだよ」
あんな急に、この時間を止めると言い出すなんておかしい。もう二度と、この穏やかな時間を過ごせないのだ。
「お、かしいな……」
竜樹さんも、俺のことが好きだって言ってくれたのに。どんな心境の変化があったのか。
「……じんせいって、うまくいかないなあ……」
ソファに深く寄りかかって、顔を手で覆った。こうでもしないと、みっともなく泣きわめいてしまいそうだ。
「……すき、です」
伝えたかった言葉は、本人に届くことなく部屋の中で消えた。そのまま気持ちも消えてしまえばいいと思ったのに、むしろ強く自覚する結果となった。
竜樹さんのおかげで悪夢は見なくなった。でも、彼のせいで眠れなくなった。
いや、人のせいにするのは駄目だ。勝手に期待した俺が悪い。いつまでも同じ気持ちでいてくれる保障なんて、どこにもない。それに文句を言う権利は、俺にはなかった。
だるい。何をするにも力が湧いてこない。夜の静かな時間は、とてつもなく俺の中で重要な割合を占めていた。いいストレス解消にもなっていた。それが突然無くなって、体に不調が出ているらしい。
勉強に身が入らず、全てが灰色に見える。初恋は実らない。全くその通りだ。しかも俺の自業自得である。もっと早く自覚していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
ため息ばかりが出てくる。そうすれば、周りに気づかれる。
「さてぇ、何があったのかぁ、もちろん教えてくれるよねぇ」
「逃げられると思わない方がよろしいですよ」
「は、はい」
この構図はよく見る。倉敷先生と優介君に捕まって、話をせざるを得なくなる状況に持ち込まれるのだ。
今回も逃げる隙は全くなく、俺は悪いことをしていないのに追い詰められていた。
「どう考えてもぉ、たっつんと何かあったよねぇ。もしかしてぇ、また無理やりキスでもされたぁ?」
「もうそんな野蛮な行為はしないと思っていましたが、それが事実なら到底許せるものではありませんね」
「ち、違いますっ」
俺が何も言わないと、竜樹さんが冤罪で裁かれる。今回は彼に何も悪い部分はないから、それはさすがに良くない。
「庇う必要はないよぉ。助けられた恩を感じてもぉ、やっていることは同じだからねぇ」
「そうですよ。さっそく追い出す準備を……」
「待ってください! 話しますからっ」
それが相手の思うつぼだったとは露知らず、俺は隠そうとしていた気持ちまですっかり話すはめになっていた。俺が扱いやすいのではなく、相手が一枚上手なだけだ。
涙目になりながら、包み隠さず話をする俺を、二人は百面相しながら見守ってくれた。
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