第36話 救われた世界で






 間一髪のところで、俺は三人によって助けられた。どれだけタイミングがいいのだと、今でも他人事のように驚いている。

 どうしてあの場所を見つけられたのかというと、白鷺さんが関係しているらしい。


 前に会った時、俺のせいで竜樹さんに冷たくされたと恨んでいた。どうにか俺を排除できないかと考えていて、その際にあいつに知り合ってしまった。

 俺を排除したい白鷺さんと、俺を誘拐したいあいつとで利害が一致した。

 呼び出す役目を担ったのは白鷺さんだった。俺の相談にのってくれたのが彼だったのだ。グダグダと彼にとっては贅沢な悩みを相談する俺に、さらに恨みの感情を募らせて、そしてあの日誘拐作戦を実行し成功した。


 邪魔者だった俺がいなくなり、白鷺さんは竜樹さんが目を覚ますのを待っていた。すぐにでも会社に戻るように、公私共にパートナーにしてくれると信じていた。

 でも全く連絡が来ず、どういうことなのかと理由を聞くために、俺達が住んでる家に突撃してきた。そこで、俺の誘拐事件に関わっているのが発覚した。

 時間との勝負だとすぐに情報を吐き出させ、俺の元へ助けに来てくれたわけである。あと少しでも遅れていたら、何かが噛み合わなかったら、俺は死んでいた。


 あいつは、警察には捕まらなかった。

 不起訴になったのではなく、警察に逮捕されるのを望まなかったからだ。それは優しさではない。


「俺達の手で裁く。他人の手なんて絶対に借りるか」


 竜樹さんの言葉に同調し、司法の裁きを受けさせなかった。その意見には、まさかの父も賛同して、私刑を実行する流れに決まった。

 その勢いが凄かったので、殺すのではないかと心配になったぐらいだ。それは絶対に止めてほしいと強く訴えて、渋々止めたので本気でやろうとしていたのかもしれない。


 俺の意見も聞かれた。どうしてほしいのかと、望みを聞かれた。

 たぶん俺が言えば、どんなことでもやってくれたと思う。それこそ違法なことでも。たとえ捕まっても、俺の望みを叶えようと動いてくれる。

 望みを考えてみて、俺は答えを出した。


「本当にいいのか」


「はい」


「もっと別のことでも、私達は構いませんよ?」


「大丈夫です」


「つぅくんは優しすぎなぁい?」


「そんなことないよ」


 三人は最後まで納得いかない様子だった。

 俺の意見を尊重してくれたが、それでも完全に受け入れられる答えではなかったみたいだ。


「椿が決めたのなら、それでいいだろう」


「父さん」


 そんな三人をおさめてくれたのは父だった。父には強く言えないようで、言葉を飲み込む。


「遠慮をしたわけではないなら、俺達が口を出すことでもない。それに、冷静になって考えてみて、そこまで軽い罰ではないことは分かっているだろう」


「……はい」


 ようやく納得してくれた。父のアシストのおかげだ。俺一人では説得出来なかったから、とても助かった。


「父さん、ありがとうございます」


「いいんだ。自分で考えて決めたことなら、文句はない。それで後悔しないよな?」


「はい。後悔しません」


「……それならいい」


 父が俺の頭を撫でる。大きくて優しい手だ。助けられてからも、この手で撫でてくれた。涙が出てきそうになる。


「本当に良かった。死にかけていたと聞いた時は、心臓が止まるかと思った」


 大げさだとは言えなかった。子供が死にかけたら、誰だってそのぐらいは驚く。

 たくさんの人に心配をかけてしまった。相手を煽ったことがバレてからは、余計に怒られた。あの時は俺もやけくそになっていたから、後から思い出して反省している。


「ごめんなさい」


「もう、あんなことは二度としないでくれ。自分の命を優先してくれ。椿が死んだなんて知らせを受けたら、俺はこんなふうに寛大な対応は出来ない」


「はい。もう二度としないと約束します」


 父の目は赤い。助け出されてから、ずっとそうだった。俺の前では見せないけど、どこかで泣いていたのだ。それぐらいのことだったのだ。


「みんなにも、ちゃんとお礼を言ったか?」


 頭を撫でながら、父は親の表情になって尋ねてくる。今回俺をギリギリのところで救ってくれた三人に、きちんとお礼をしたのか確認してきた。


「はい。お礼も謝罪もしています」


 話せるようになってから、まっさきにしたことだ。俺がこうして無事でいられるのは、三人のおかげだ。前も助けてもらったのに、また助けられた。感謝してもしきれない。


「あの人は……今どうしていますか?」


 当たり前だが、あれ以来一度も会っていない。会いたくなかったし、許可も降りなかっただろう。

 それでも、今どうしているのかは気になった。もう二度と会うことはないのもある。


「……椿は気にしなくていい。もうあいつのことは考えるな」


 その答えで、全く反省していないと察した。彼らしいと言えば彼らしい。

 死にかけて、幼少期のトラウマを呼び起こされて、しばらくは苦しめられるだろう。

 でも、もう終わった。その事実だけで、俺は救われる。一人ではなく、支えてくれる人がいるから、そのおかげだった。





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