第33話 焦りの中で  side倉敷




 家に行ったはいいが、大した収穫を得られずに終わってしまった。

 突然来た私達に驚いた様子はなく、いつか来るだろうと覚悟していたらしい。しかし腹が立つことに、全く何も知らなかったのだ。


 監視の目を緩めたのは、もう半年以上前のことだったらしい。自分達が高齢になり監視し続けるのが難しくなったのと、本人がずっと大人しかったから、もう見張っていなくて大丈夫だと勝手に判断した。

 その時点で有罪だが、なんともまあ呆れたことに本人の動向を逐一調べておかなかったのだ。完全に放置していたらしい。頭の痛くなる話である。


 椿君がいなくなったと聞いて顔を青ざめさせたが、もう遅かった。すぐに見つけだしますと、前の時のように土下座をしてきたが、その行動には価値なんてなかった。


「もう許すなんて段階じゃねえ。この前のが最後だった。お前達に出来るのは、クソ野郎の葬式の準備だけだ」


 須藤さんは怒りを隠す気がなく、脅しの言葉を吐き捨てた。さすがにそれはとばかりに、こちらに助けを求める顔を向けてくるが、仲を取り持つとでも思っているのだろうか。もしそうだとしたらお門違いだ。


「前回はこちらも大目に見たのですから、今回はそちらが大目に見る番ですよ」


 皮肉を込めて言えば、私も味方ではないと察したらしい。最後の頼みと、満重君にすがりつく。


「まだ、自分のやっていることの重大さがする分かっていないんです。すぐに見つけ出しますから、どうか命だけは助けてください!」


 若いから上手く言葉を使えば、同情させられると考えたようだ。どこか穏やかな雰囲気も、そう誤解させた。

 すがりつかれた彼は、その肩に手を置いた。


「聞いてたでしょう? あんた達が心配しなきゃいけないのはぁ、つぅくんに危害が加えられていないかだけだよぉ。もしも傷一つでもついていたらぁ、お葬式だって出来ないぐらいの状態になるよぉ。分かったぁ?」


「は、はい」


 表情は緩いが、かなり指に力を入れているのが、この距離でみてとれた。彼も随分と怒っていた。前回は幼く何も出来なかった分、余計にその怒りは大きかった。

 やっと、この場に味方がいないのを察したらしい。愚かだと前から知っていたが、かなり状況把握能力に欠けている。そのせいで、息子の状態にも気づかなかった。この親にしてこの子あり、か。


「おい。最近、あいつが連絡をとっていたのが誰か知ってるか?」


「そ、それは」


「分からねえんだな。あいつが自由に出来る金はどれぐらいある?」


「えっと」


「それも分からねえのか。もういい。お前達は、あいつに渡していたクレジットカードの番号だけ教える以外は使えねえ存在だ。ないと思うが、あいつから連絡が来たら余計なことは言うなよ。もしも馬鹿なことを考えて逃がそうなんてした時には……」


 その先は言わなかったが、相手にはきちんと伝わった。紙かと思うぐらいに顔を白くさせて、必死に頭を縦に振った。そのまま首がもげてしまえばいいのに。そう考えてしまうほど、この人達に対して憎しみの感情を抱いていた。


「早く行きましょう。ここにいても時間の無駄です」


「そうだな……ずっとここにいたら、そろそろ手を出しそうだ」


「俺もぉ。犯人はもちろんむかつくけどぉ、そこまで育てあげた人間にもムカついてきたぁ」


 全員が同じ気持ちなので、手が出る前に私達は彼らの前から立ち去ることにした。




 そこから、全員が持ちうる限りの力を駆使して椿君の行方を探したが、なんの手がかりも見つからなかった。

 すぐに見つけられると、どこかで楽観視していた。前回は、そこまで時間がかからなかったからだ。しかし、それは事態を甘く見ていたとしか言いようがない。


「どうなっているんだ! あいつ一人の力では、ここまでのことが出来るわけがない!」


 一番荒れていたのは、須藤さんだった。

 前回見つけられたプレッシャーがあるからか、時間がかかってしまっていることに苛立ちが止まらない。

 それは私と満重君も同じで、焦りばかりが募っていった。


 椿君。君は一体どこにいるのでしょう。

 あの男によって、そんな酷い目にあっているのか、考えただけで胸が苦しい。


「誰か協力者がいるのは確実です。その人物が分かれば、すぐに居場所は特定できます。ここまで見つからないのは、私達が思いも寄らぬ人物だからでしょう。しかし、必ず関係があるはずです」


 その繋がりが、どこからのものなのか。


「自分達を恨んでいる人間に心当たりはありませんか?」


 私と須藤さんは、仕事の関係上人に恨まれている可能性は高い。その人達の中にいる誰かが、手を貸したのではないか。


「その線で探してみるか」


「俺もぉ、つぅくんの目撃情報を探してみるぅ。絶対に見つけるんだぁ。そして見つけたらぁ、ぎゅっとしてもらう」


「その前に俺が止めてやるからな」


「抜けがけ禁止ですよ」


「うぅ。意地悪ぅ」


 こんな状況だからこそ、いつも通りにふるまう。そうすれば、椿君が無事に帰ってきてくれる気がした。

 絶対に見つける。それまでは、どうか心を壊さずにいてほしいと、椿君に向けて願った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る