第15話 戻ってから
場を提供してもらったお礼も込めて、竜樹さんが食事を奢ってくれた。自分の分は自分で払うと言ったのだが、大人しく奢られとけと押し切られてしまった。
高級なところだけあって美味しかった。緊張するかと思ったけど、竜樹さんがリラックスさせてくれたおかげで楽しめた。
そこでポツポツと、色々な話をした。俺達の間で誤解があったところを、ゆっくりとなくしていった。食事が終わる頃には、竜樹さんが俺を好きだというのを、ちゃんと理解した。
「どうして、そんなに見てくるんですか」
店を出てから、ずっと竜樹さんが俺の顔を見てくる。顔に穴があきそうだ。いたたまれなくなる。
見すぎだと注意すれば、竜樹さんが頭に手を伸ばしてくる。そして髪をわしわしと撫でてきた。
「俺の椿は可愛いなあって」
「……あんまり言いすぎると、言葉が薄っぺらく聞こえますよ」
「なかなか手厳しいことを言うな」
「嫌ですか?」
「いや。元気がある方が面白い」
そう言って笑った顔は、無邪気で幼さすらも感じさせた。逆に俺が見とれてしまう。
「いつでも、俺に惚れていいからな」
しかしすぐに、いつものニヒルな笑みになった。色気はあるが、俺としては先ほどの方が良かったと思う。
「……そんなことばっかり言っていると、信じてもらえなくなりますよ」
「それは困るな。俺の気持ちが本物だと、ちゃんと分かってもらわないとな」
あ、駄目だ。また雰囲気が怪しいものに変わった。
キスはされないと分かっていても、その他に何をされるかは不明だ。緊張して目をつむってしまう。自らの意思ではなく反射だ。
「そういうのは止めておけ。好きにしてもいいと思われるから。嫌な時は、殴ってでも逃げろ」
「いたっ」
ため息を吐いた竜樹さんが、軽くでこぴんをしてくる。痛みと驚きで声が出て、うっすらと目を開ける。
そこには呆れた顔の竜樹さんがいた。しかし、顔がほんのり赤い。
「わ、分かりました」
照れている。何故かは知らないが照れている。それを必死に隠そうとしているが、全く隠せていない。
可愛い、と思ってしまった。俺よりも10歳上なのに、可愛いという感情が湧き上がったのだ。
しかしそれを知られたくなくて、顔をそらす。竜樹さんも別のところに意識を取られていたようで、俺の変な様子に気づかなかった。気づかれていたら、絶対にからかわれていただろうから助かった。
「……帰るか」
「は、はい」
家に帰ってきた俺と竜樹さんを、優介君と倉敷先生が出迎えてくれた。
「おかえりぃ」
「おかえりなさい」
二人とも心配していたようで、玄関で待ち構えていた。すぐに仲直りをしたのに気づいて、ほっと胸をなでおろしている。
「たっつんだぁ。帰ってきたんだねぇ」
「たっつん? それは俺のことか?」
「そうだよぉ。よろしくねぇ」
「あー、まあ、いいか。よろしくな」
優介君の癒しには、さすがの竜樹さんも勝てないようだ。たっつん呼びも、結局受けいれた。
「おかえりなさい。須藤さん」
「ああ。……迷惑をかけたな」
「いえ。椿君のためですから、お気になさらないでください」
「分かっている」
倉敷先生とは、さすが大人な会話だ。どこか刺があるようにも感じるが、冷戦に近いかもしれない。
「また、ここで世話になる。もう逃げないと決めた」
「そっかぁ。それじゃあ、ライバルだねぇ。まあ、選ばれるのは俺だけどぉ」
「戻っときたとしても、負ける気はしませんが」
「上等じゃねぇか。俺だって負けるつもりはない」
仲良さげな時間は、あまりにも短かった。お互いに挑発しあって、バチバチと火花が間に散っている。当事者であるはずの俺は、完全に置いてけぼりだ。
「っていうかさぁ、たっつんはつぅくんにキスしたんだよねぇ。しかも無理やりでしょ。そういうのってぇ、良くないと思いまぁす」
「そうですね。そのせいで、椿君はとても傷ついていました。そういうことは、二度としないと約束してください」
「はっ。羨ましいのなら、素直にそう言えばいいだろう。とても柔らかかったな」
竜樹さんは、唇を触って妖艶に笑う。俺もそれにつられて、思わず唇を触ってしまった。無意識だったので、気づいて恥ずかしくなる。
「椿。俺はいつでもいいからな」
唇から舌がのぞき、歯をなぞっていく。その動作に目が離せなくなって、まじまじと見つめてしまった。
「つぅくん、駄目だよぉ。あんまり見てたら、妊娠しちゃうからぁ。駄目駄目ぇ」
ずっと見ていたら、後ろから優介君が抱きついてきた。そのおかげで、目が覚めたようにハッとする。
「ゆ、優介君」
「あれは悪い大人だからねぇ。つぅくんに悪い影響しかないよぉ」
「おい、こらガキ」
「そうですね。椿君、これから半径一メートル以内には近づかない方がいいですよ」
倉敷先生も間に入ってくる。
「好き勝手に言っているんじゃねぇよ。このムッツリ野郎が」
「はい?」
喧嘩をしないと話が出来ないのだろうか。竜樹さんが戻ってきてくれたのは嬉しいが、騒がしい日々になりそうだと頭を抱えた。
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