第14話 竜樹さんの気持ち
「好き、っていうのは」
「もちろん、椿のことに決まっている」
「でも、どうして?」
好かれる理由が見当たらない。だって、ずっと竜樹さんは雲の上の存在だった。俺のことなんか、有象無象の一部ぐらいにしか思っていないと、石ころにしか見られていないはずだったのに。
自己評価が低いのではない。今までの彼の態度を考えると、好かれているとはとうてい思えないのだ。
「どうして? 人を好きになるのに、理由なんてあるか?」
「……でも」
「もしかして、俺が会社の社長になりたいから、お前を好きだと言っていると思ってないよな?」
「……えっと」
「思ってたんだな」
じろりと責めるような視線を向けられて、俺は目をそらす。だって、しょうがないじゃないか。今までの、俺に対する接し方を思い出してほしい。
「俺の名前」
「あ?」
「俺の名前を呼んだのは、あの時が初めてでした。婚約者として顔合わせした時が」
それまではずっと、おい、とかお前としか呼んでなかった。それに、どこか素っ気ない態度をとられていた。
年齢も少し離れているし、俺には面白みもないし、父が遺産放棄をして一般家庭の子供だったから、立場が違うと避けられていると思っていた。
「それなら、いつから好きだったんですか。俺のこと」
いつもだったら、こんなことを直接聞けない。恥ずかしすぎる。でも今は、もしこれが最後になったらと思うと、全てをはっきりさせておきたかった。
「それは……」
竜樹さんは言葉につまる。
「答えられないってことは、やっぱり嘘なんですね」
そんなごまかしをするぐらいだったら、はっきりと言ってもらえた方がいい。
今度は俺がじっとりとした目で見ると、竜樹さんが焦り出す。
「嘘じゃない。……引くなよ。最初からだ。最初に会った時から、好きだった」
「あ、ありえないです」
「ありえない? 事実だ」
「だって、俺達が会ったのって」
俺が生まれた時じゃないのか。
「そうだよ。10歳だった俺は、赤ん坊だった椿を見て、絶対に結婚するって思ったんだ」
俺の言いたいことが言わなくても伝わったらしく、やけくそになりながらも教えてくれた。
「天使かと思った。小さくて、柔らかくて、いい匂いがして、そして俺に笑いかけてくれた。その瞬間、俺は世界が色鮮やかに見えるようになった」
「え、えっと、その」
「ずっと好きだった。会うたびに、どんどん可愛くなる椿を見て、柄にもなく緊張して。名前を呼べずに、冷たい態度をとってしまうなんて、俺もガキだったんだ」
「あ、あの」
「今だって、心臓が騒いでいる。18歳になった椿は、本当に綺麗だ。椿以外を見ても胸は騒がない。椿以外はいらない」
「も、もう分かりましたからっ」
「俺はまだ足りない。俺の気持ちは、こんな言葉じゃ全然足りない」
話して吹っ切れたのか、竜樹さんは今までの素っ気なさが嘘かのごとく、俺のことを褒めてくる。甘い言葉に、顔が熱くなってキャパオーバーになりそうだ。止めようとしたのだが、竜樹さんは止まらない。
「俺が言葉にしていなかったから、勘違いさせたんだろう。好きだと伝わっていなかったなんて、今までの行動をやり直したい。これからは遠慮しないって決めたんだ。口説くぐらいが、椿にはちょうどいい」
「くどっ」
「ああ、そうだ。家にはもちろん戻る。俺にも、まだチャンスがあるみたいだからな」
そこで唇を舐めた。なんだか、危ない雰囲気だ。頭から食べられそうな、そんな想像をしてしまった。しかも、つられてあの時のキスも思い出してしまう。
そうだ。こんなことになってしまったきっかけ。あの唇が、俺に触れたんだ。
自然と指が唇に触れた。
「そんな顔をしていると付け入るぞ」
「そんな顔?」
「俺としたキスを思い出しているだろ」
「っ」
なんでバレたんだ。
「頬を染めて、唇に触っていたら馬鹿でも気づく。隙がありすぎだ。俺が悪い大人だったら、手篭めにしているところだ」
「……手篭めって」
「冗談じゃないからな。そんな可愛い顔、俺以外には見せるなよ」
「かっ!?」
この人は、本当に竜樹さんなんだろうか。もしかして俺の気づかない間に、入れ替わっている可能性がでてきた。
あまりにも俺の思っている竜樹さんとは違っていて、まだ受け入れられていない。というか、甘い言葉をかけられること自体に慣れていない。
あわあわと意味もなく口を動かしていれば、竜樹さんが立ち上がった。そのまま一緒に帰る流れかと思ったら、こちら側に回り込んでくる。
「た、竜樹さん?」
隣に座った彼は、俺の顔をじっと見つめてきた。視線に焼き殺されそうだ。
「椿」
名前を呼ばれた。ただそれだけなのに、全身が火に包まれたように熱くなる。
「俺を引き止めたのはお前だ。ここからは椿を俺のものにするために、何でもするつもりだ。覚悟しておけよ」
そう言って、頬に手が添えられ顔が近づく。
またキスをされるんじゃないか。そう思って目をつむった。
しかし柔らかい感触があったのは、唇ではなくおでこだった。
「唇は、俺を選んだ時な」
かすれた声。俺はしばらく目が開けられなかった。
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