第13話 もう一度





 また冷たくされるかと想像したら怖い。

 でも、話をしなければもう一生会えない気がした。

 俺から連絡しても出てくれないと思い、父に協力してもらう。


 家を出てからずっと心配させていたので、元気なのを知らせる意味合いも兼ねて、久しぶりに会うことにした。


「久しぶりです。お父さん」


「ああ。久しぶりだな。元気にしていたか?」


「はい。お父さんも元気でしたか?」


「俺はいつもと変わらない。……いや、椿のことをずっと心配していた。本当に元気にしているか?」


 連絡はとっていたが、それでも心配していたらしい。もっと早く会えば良かった。色々と受け入れるためとはいえ、父には悪いことをした。

 俺が誤魔化しているのではないかと、じっと目を見つめてくる。返答次第では、このまま家にいろと言われそうだ。それはさすがにまずいので、勢いよく首を横に振った。


「元気にしていますよ。安心してください」


「……そうか。それなら良かった」


 良かった。ちゃんと伝わった。

 まだ完全に納得したわけではなさそうだが、連れ戻される心配もない。


「それで、今日は顔を見せただけではないんだろう。何があったんだ?」


 そして、俺が頼み事をしに来たのも分かったようだ。言いやすいように、先に促してくれた。とても助かる。


「あの……実は竜樹さんのことで、お願いがあって……」


「竜樹君? どんなことをしてもらいたい?」


 説明を聞くこともなく、父はお願いを聞いてくれるらしい。どれだけ俺を気にしてくれているんだ。胸がくすぐったくなる。


「あの……話をしたくて、場を作ってもらいたいんです」


「なんだ、そんなことか。分かった。いつがいい?」


「……何も聞かないんですか? どうしてこんな頼み事をするのかって」


「聞いたら困るんじゃないか。聞かなくても、別に頼み事を断るわけが無い」


「……ありがとうございます」


「礼は言わなくていい。これぐらいしかしてやれないからな」


 父はそう言うが、俺は感謝の気持ちを込めて抱きついた。





 父の手助けもあり、竜樹さんを呼び出すことができた。俺が来ることは言っていない。悲しいけど来ない可能性があるからだ。

 呼び出した場所は、個室の料亭だ。どんな話をするか分からないから、今日は貸切にしてもらっている。倉敷先生のツテがあってだ。俺は申し訳ないと断ったのだが、そっちの方が話がしやすいだろうと押し切られた。

 これぐらいしか手伝えないがと言われたけど、十分良くしてもらっている。こちらが返せないぐらいだ。


 誰かに付き添ってもらうことも出来た。しかし、一人で話すことにした。その方が本気でぶつかれると思った。

 待っている時間は長い。約束の時間よりも、早く来すぎたせいでもある。いてもたってもいられなかったのだ。

 一人でいると、来てくれなかったらどうしようとか、話を聞いてくれなかったらどうしようとか、結局説得できなかったらどうしようとか、ネガティブなことを考えてしまう。


「……来てくれるかな」


 時間が全く進まない。進む針が遅くなっているんじゃないか。そう思ってしまう。

 スマホを見てばかりで、自分でも落ち着きがない。しかし、何かをしていないと怖い。

 そんなふうに待っていたせいで、近づいてくる足音に気づかなかった。


「……道橋さん、竜樹です」


 竜樹さんは、ここに俺ではなくて父がいると思っている。だから、入る許可をとってきた。俺の声だとバレたら、そのまま帰ってしまうかもしれない。できる限り低い声を意識して出した。


「どうぞ」


「失礼します」


 上手くごまかせたようで、ゆっくりと扉が開かれる。


「っ」


 目が合うと、驚いた顔をした。しかしすぐに状況を理解したようで、顔を歪める。


「騙したのか」


 その声は怖かった。俺を軽蔑している。すぐに分かった。それでも悲しんでいる暇はない。


「騙し討ちをしてしまい申し訳ありません。ただ、帰らないでほしいんです。こちらに来て座ってください」


 土下座をするぐらいの勢いで頭を下げる。ここで去られたら、もう話をする機会はない。父が呼び出しても来てくれなくなる。

 座ってくれるまで頭はあげない。その気迫が通じたのか、大きく息を吐く音が聞こえた。


 何も言わず、しかし座ってくれた。良かった。第一関門は突破だ。ゆっくりと顔を上げると、不機嫌な表情が目に入る。

 それでも話は聞いてくれるらしい。優しい人だ。別に残る理由なんてないのに。そのまま帰ったって、彼にとっては問題ないのに。


「それで? 親を使ってまで騙して呼び出して、一体なんの用だ?」


 鋭い視線は、俺の言葉しだいではすぐに立ち去ると伝えていた。


「あの時の、キス」


「……謝れってか。それなら謝ってやるよ。悪かったな」


「謝ってほしいわけじゃなくて。教えて欲しいです。どうしてキスをしたのか」


 どんなに迫られても、俺はいまだに信じられなかった。竜樹さんの気持ちが分からなかった。だから、きちんと口にしてほしかった。


 俺の言葉に、竜樹さんはしばらく黙っていた。しかし観念したようで、頭をかき乱して叫ぶ。


「そんなの、好きだからに決まっているだろ!」





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