第28話 デートをしてみて





 竜樹さんと公園で遊ぶなんて、全く想像していなかった。しかも楽しかった。その日は、二人して泥だらけになって帰ってきたので、倉敷先生から雷を落とされた。そのままお風呂に直行させられた時は、まるで親みたいだと笑ってしまった。

 それぞれとの時間は、俺に今まで見えなかったものを気づかせてくれた。軽い気持ちで提案したことだったけど、やって良かった。


 三人と生活するようになって、すでに二ヶ月以上が経っていた。最初はどうなるかと不安だったけど、一緒に過ごす日々が楽しい。

 誰かを選ぼうとしてデートをしたのに、全員とのいい思い出を作ってしまったのは誤算だった。それぞれを一人の人間として見ると、みんな魅力的だ。別の部分で魅力があるからこそ困る。

 時間をかければかけるほど、決められなくなりそうで怖い。そんな俺を急かそうともせず、見守ってくれているからこそ焦る。


 この気持ちを誰に相談するか考えて、俺には父しか話せる人がいないのに気がついた。でも父にも話せる内容とは思えない。

 そういうわけで俺は、何を考えたのかSNSを使って、知らない誰かに相談していた。自分でも、どうしてこうなったのか分からない。それぐらい、誰かに相談したくて切羽詰まっていたのだ。


 相談相手は『gias』さん。俺よりも年上で、頼りがいのある人だった。俺の話を真剣に聞いてくれてアドバイスをしてくれる。馬鹿にされず、話を聞いてくれたのはこの人だけだったのだ。

 気がつけば、ほとんど全てのことを話してしまっていた。婚約者候補が三人なんて、普通は信じられないだろうけど、きちんと聞いてくれるのはありがたかった。




『俺って本当に駄目なんです』


『大丈夫?』


『相手の好意に甘えてしまってばかりで、時間ばかりが過ぎています。同時に相手の時間を奪っているのに、まだ悩んでばかりで。本当に決められるのでしょうか』


『その中で、誰かいい人はいないの?』


『みんな、それぞれのいいところがあって……誰かを決められないんです』


『そっか。大変だね』


『危機感がないのが原因かもしれません。もっと切羽詰った状況になれば、決められるかもしれません。そんな贅沢を言える立場ではありませんけど』


 自分で送っていて、どれだけ上から目線なのだと反省する。向こうもきっと呆れているだろう。相談を聞くのを止めると言われるかもしれない。それも仕方の無いことだった。

 どう返ってくるのか待っていれば、少しの時間が経った後に返信があった。


『もし良かったらさ、実際に会って話をしてみない?』


 画面の言葉は、何度見返しても変わることはなかった。会いたい、そう言われるのは初めてだ。今までそんな素振りを見せたことはなかった。お互いの顔も素性も分からないからこそ、話せることもあった。

 俺はしばらく返信を出来ずに、どうしたものかと迷っていた。ここの返しで、付き合いも終わるかもしれない。

 迷いに迷って、そして決めた。


『はい。一度会ってみたいです』


 ここまで相談に乗ってくれた人だ。実際に会ってみても、悪いことは起きないだろう。むしろ今まで俺の悩みを聞いてくれた分、今度は何かを返したい。

 そういうわけで、会おうという言葉に賛同した。


『本当ですか! 嬉しいです!』


 送ってからも迷っていたが、すぐに喜ぶ返信があったので、もう後戻りは出来なくなった。そこから、会う日時と場所を調整して、三日後に初めて顔合わせをすることに決まった。




 三日後。俺は待ち合わせ場所に一人で来ていた。会うことぐらいは伝えておこうかと思ったけど、そうなると何をやり取りしていたのか言わなくてはいけない。三人のことを相談していたとはとても言えなくて、結局内緒にしてしまった。

 昔の友達に会うとだけ言ってある。それ以外は、どこで待ち合わせなのかも内緒にしていた。


 本当のことを言ったら、怒られるのは目に見えている。どんなにいい人でも、素性の知らない人と会おうとしているのだから。俺だって、こんなことはいつもだったらしない。

 何故か、相手がまるで昔からの知り合いのような、俺の欲しい言葉をピンポイントで言ってくれるところが、決断した理由だと思う。


 相手の人は何かを警戒しているのか、待ち合わせ場所には人気がなかった。俺としては誰かがいてくれる方が安心できたけど、向こうの頼みとなれば仕方がない。

 今は使用されてない工場の前で、時計を見ながら待つ。待ち合わせ時間から、もう五分が経過している。来ないのだろうかと心配していたところで、相手から連絡が来た。


『もうすぐ着くよ』


 五分程度なら誤差の範囲内だ。もしかしたら道が混んでいたのかもしれない。嘘をつかれていたのではなくて良かった。ドタキャンされる心配はいらないか。

 さて、どこから来るのかと視線を右へ左へ動かしていれば、遠くから車が見えた。

 勝手に歩いてくるものだと決めつけていたが、どうやら車で来たらしい。黒塗りの車に、俺はここだと知らせるために手をあげた。

 車は急ブレーキをかけ、目の前でとまった。そして扉が開く。


「久しぶりだね、椿君」


 その顔に、俺は知らず知らずのうちに勝手に悲鳴をあげていた。





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