第23話 ライバル?




「竜樹さ」


「竜樹さん!」


 俺の声を遮って、白鷺さんが竜樹さんに駆け寄った。そして抱きつこうとする。抱きしめ合う姿を見たくなくて視線をそらそうとしたが、その前に竜樹さんが動いた。


「誰だてめぇ」


 体に触れる前に白鷺さんを振り払い、本気で知らない人を見る目をした。それに驚いたのは白鷺さんだった。


「え。竜樹さん。僕だよ?」


 冗談だと受け止めて必死にすがりつくが、対する竜樹さんは冷たいままである。


「は? 僕って言われても知らねえよ。誰?」


 この反応で、白鷺さんが嘘をついていたのを知った。竜樹さんはごまかしている様子はない。そうなると、白鷺さんが俺を騙そうとしていたことになる。

 なんのためにか。それは竜樹さんを好きだからだろう。嘘をついて、婚約者候補から外そうとしたのだ。


「そんな……僕は、ひ、秘書ですよ?」


 まさかの会社の人だったのか。それは覚えてないのも良くない気がしてきた。白鷺さんにも同情してしまう。向こうは俺に同情なんてしてもらいたくないだろうが。


「秘書? そういえば、なんかいつもうるさいのがいたな。ぎゃあぎゃあうるさいから、仕事に集中できないんだよ」


「そ、そんなっ」


「っていうか、なんでここにいるんだ。しかも椿に何をしようとしていたんだよ」


 俺がいることが、竜樹さんの地雷をすでに踏んでいた。知り合いではないから、余計にだ。そして俺が何をしたのではなく、白鷺さんが俺に何かをしたのだと説明しなくても分かってくれる。それは、とても嬉しかった。


「ちがっ。僕は何もしてないっ」


「あ? それじゃあ、なんで椿が怯えているんだよ。お前が何かしたからだろう」


「どうして、そいつの味方をするの? 僕の方が、竜樹さんに似合うのに。恋人として完璧でしょ?」


 諦めない白鷺さんは、すがりつきながら俺よりも優れているとアピールした。俺に勝てると、そう思っているらしい。

 少し前の俺だったら、きっと竜樹さんが白鷺さんを選ぶと決めつけて傷ついていただろう。しかし今は違う。

 竜樹さんが恋人ではないと言うのなら、白鷺さんよりも俺の方が好かれている自信がある。


「お前何言ってんだ。恋人として完璧? 寝ぼけたことを言うな」


「でも」


「気味が悪い。お前、今日でクビな」


「へ?」


「椿に危害を加えようとしたんだから、当然だ。それに、元々使えなかったからな。使えない人間をいつまでも置いておくほど、優しい世界じゃねえんだよ」


「そ、そんな。嘘。嘘ですよね。どうしてっ」


 突然のクビ宣言に、白鷺さんは信じられないのか目を見開く。竜樹さんに手を伸ばすが届くことはなかった。

 竜樹さんが相手を煽るように、俺の元に近づき体を引き寄せる。俺は抵抗することなく、胸に飛び込んだ。


「俺が大事なのは椿だけだ。それ以外はどうでもいいんだよ。だから、椿を傷つけようとしたら、お前のことを一生許さないからな」


「そ、んな……」


「さっさと俺の前からいなくなれよ。そして二度と姿を現すな」


 竜樹さんの胸の中に飛び込んだのは、その方がすんなりと話が進むと考えたからだ。睨まれた白鷺さんは、唇を噛み締めて俺に憎悪の視線を向けた。


「……絶対に、許さないっ」


 そう吐き捨てると、あとはそのまま走り去った。まるで嵐のような人だった。姿が見えなくなるまで見ていた俺は、白昼夢でも見ていた気分だった。


「なんだあいつ。潰しとくか」


 ぼーっとしていたら、竜樹さんが不穏なことを言い出した。本気を感じたので、さすがにそれはまずいと彼に視線を向ける。


「つ、潰すのは駄目ですっ。別に俺は何もされていませんからっ。見てください。怪我とかしていないでしょう? ね?」


 大丈夫というのを分かってもらうために、俺は自分の顔を見せた。竜樹さんは隅から隅まで念入りに確認すると、すりすりと頬を撫でる。


「確かに怪我はしていないみたいだが、精神的にはどうなんだ? うるさくて大変だっただろう。嫌なことを言われなかったか?」


「えっと……」


「言われたんだな。何を言われたんだ」


「怒らないって約束してくれますか?」


「……おう」


「……竜樹さんの恋人だって」


「あ?」


「お、怒らないって言ったじゃないですかっ」


 恋人という言葉を出した途端、竜樹さんの眉間にしわを寄せた。低い声は完全に怒っている証拠だった。怒らないでと言ったのに、破られるまでが早かった。

 頬を膨らませれば、苦笑して頭を撫でてくる。


「悪い悪い。怒ってない。それよりも恋人なんて、あいつの嘘だからな。俺に恋人なんていない」


「わ、分かっていますよ」


 最初は信じていたのは、余計な喧嘩に発展する。絶対に言わないようにしておこう。


「あんな言い方して、大丈夫なんですか? それにクビだって」


「いいんだよ。椿より大事なものなんて、他にはないんだからな」


「は、はい」


 照れた顔を見せたくなくて、胸元で隠した。でも軽く笑われていたから、絶対にバレていたと思う。

 恥ずかしさに襲われながら、俺は白鷺さんのことを考えた。もう終わったはずなのに、嫌な予感がした。考えすぎだと思いたいが。




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