第19話 昔の俺




 竜樹さんは、昔のことを自分に聞けと言っていたが、それよりももっと詳しい人がいる。

 父だ。父以上に適任はいない。

 俺は竜樹さんとの仲直りの機会を作ってくれたお礼を兼ねて、一度家に帰ることにした。

 三人には、ただ父の顔を見に行くだけだと言ってある。昔の話を聞きに行くのを、知られたくなかった。


 父にはあらかじめ行くことを伝えていたから、家で待っていてくれた。いないと困るので、調整してもらったのだ。


「父さん、ただいま」


「おかえり、椿」


 この前も会ったけど、そんなのは関係なく俺は父にハグをする。父もそれに返してくれて、しばらく抱きしめあった。


「元気そうで良かった。竜樹君とは上手くいったみたいだな」


「うん。父さんが協力してくれたおかげです。ありがとうございます」


「大したことはしていない。椿が頑張ったおかげだ」


 ハグが終わると、今度は頭を撫でてくれた。もう18歳になったのに、いつまでも父の中での俺は子供らしい。でも、それが嫌ではなかった。


「それで、今日はなにをしにきたんだ? またなにか頼み事か?」


「バレました?」


「バレバレだ。悲しいなあ。椿は頼み事をする時にしか、帰ってこないのかあ」


「そ、そんなことないですから。今回はたまたまで、落ち着いたら顔を見せに来るつもりでした」


「ははっ。分かっているから、そんなに焦らなくていい。それに、どんな理由であれ椿が来るのは大歓迎だ」


 父も竜樹さんみたいなからかい方をしてくる。俺が騙されやすいと思って酷い。

 勝手に頬が膨らみ、不満を訴えるためにジト目を向けた。


「悪かった悪かった。そんなに膨れるな。さあ、中に入って話をしよう」


「ん」


 拗ねていたら、ここに来た意味が無くなる。俺は頬に入れていた空気を吐き出して、父の後を追った。




「小さい頃の話を聞きたい? 急にどうしたんだ?」


「子供の頃のことを、ほとんど覚えていないことが気になって。俺はどんな子供だったのか、父さんだったら知っているでしょう」


「竜樹君には聞かなかったのか?」


「竜樹さんは……父さんに聞きたくて」


「そうか」


 俺が忘れた昔の俺。竜樹さんに聞いたら、何かをごまかされそうな気がした。だから、わざわざ父のところに来た。

 口元に手を当てて考え込む父。すぐに話してくれるかと思ったのに、渋られるとは。


「えーっと、無理にとは言いません」


「いや。わざわざ俺のところまで来てくれたのだから、断りはしない。ただ……聞いても後悔はしないか?」


「後悔?」


「聞かなければ良かったと、そう後悔してもいいのか?」


 子供の頃の話をするだけだよな。どうして、こんな重々しい感じになるんだ。

 そんな警告が必要なほど、とんでもないことをしでかしたのだろうか。聞くのが怖くもなったが、それよりも好奇心の方が勝った。


「話してください」


「……分かった。それなら、俺の書斎に来てくれ。そこに写真がある。見た方が思い出しやすいだろう」


 父の書斎には、今まで一度も入ったことがない。別に禁止されていたわけではないけど、どこかで遠ざけていた。

 父のプライベートに踏み入るようで、急に緊張してくる。それに、わざわざ書斎に行くのは写真だけが理由では無いはずだ。

 何を考えているのか。警戒しながら、連れられるがままに中へと入った。

 どんなものが待ち構えているのかと思ったが、なんてことはない。普通の部屋だった。

 棚には本や置物、賞状などが並べられていて、奥には机と椅子がある。

 想像を膨らませすぎたせいで、拍子抜けしてしまった。


「そんなに緊張しなくても、別にとって食ったりはしない。まあ、落ち着け」


 父はそう言って、客人用の椅子に座るように促してくる。そうは言われても、落ち着けなかった。俺がリラックスできないのを見て、苦笑してくる。


「アルバムは確か……」


 棚をなぞっていきながら、俺の写真がおさめられたアルバムを探していく。そして目的のものを見つけたようで、古い冊子を取り出した。


「これだこれだ。懐かしいな」


 表紙を撫でて、父は微笑む。そしてページをめくった。まっさきに俺が赤ん坊の頃の写真が現れた。猿みたいにふにゃふにゃとしていて、目がはっきりと開いていない。可愛くない。面白い顔だ。

 しかし、父はその写真を見て顔を緩めた。心底愛おしいといった表情である。こっちが恥ずかしくなってくる顔だ。


「可愛いだろう。椿は生まれた時から、美人だって評判だったんだ」


「他の人と、特に変わりない気がしますが……」


「子供が出来たら理解できるさ」


 そうは言うが、俺に子供ができるか分からないから、一生知ることは無いかもしれない。


「可愛かったのは分かりましたから。もう少し成長した時のことを教えてください」


 赤ん坊の頃から話をされたら、今日一日で終わらなくなってしまう。日帰りだと三人には言ってあるから、帰らなかったら突撃してくるかもしれない。そうなると、ここに来た本当の理由を知られるかもしれないので、大事なことだけ聞きたかった。


「分かった分かった。この話は今度しよう。椿が気になっているのは、ちょうどこの頃かな」


 全く反省した様子のない父は、パラパラとページをめくって、目的のところを開いた。


「ほら」


「これは……!」


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