第20話 昔、何があったのか






 その写真の俺は、小学生に上がる前ぐらいの幼さだった。カメラに向けてピースをしている指が、上手く曲げられていない。

 しかし、問題はそこではなかった。


「どういうことですか!?  なんでここに、三人が写っているんですか?」


 そこには、俺以外に三人の人物が写っていた。昔の写真だが、面影があるからすぐに誰だか分かる。

 竜樹さんは、まだ分かる。しかし、どうして優介君と倉敷先生が写っているのか。


「……それは昔からの知り合いだからだ」


「昔からの知り合いって、でもこの前会った時が初めてじゃ」


「違う。椿が覚えていないだけで、倉敷君とも満重君とも会ったことがある。とても仲が良かったんだ」


「全然、覚えていません」


「……まあ、それも無理はない」


「覚えていない理由があるんですか?」


 いくら小さいとはいえ、全く覚えていないのはおかしい。そうなるきっかけがあったのだ。忘れてしまうほどの何かが。


「……あった。だが……」


 言葉によどむ父。そんなにも話しづらいことなのか。トラウマになって、心の奥にしまいこんだ。そういうことなのかもしれない。


「話してください。俺は大丈夫ですから」


「……竜樹君とは産まれた頃からの知り合いだが、倉敷君と満重君とは椿が三歳の頃に初めて会った」


「三歳の頃」


「家ぐるみの付き合いだったんだ。それから仲良くしていたんだが、五歳になってすぐに事件が起こった」


「事件、ですか」


「……誘拐されたんだ」


「誘拐!?」


 まさかそんな大事だったとは。驚いたが、話を中断させるわけにはいかないから、何かを言うのは我慢する。


「子供達四人だけで出かけている時だった。近場で、竜樹君と倉敷君もいるから大丈夫だと思った。しかし、少し目を話していた間に、椿は連れ去られてしまったんだ」


 きっと、当時は大騒ぎになっただろう。父は相続を放棄しているとはいえ、俺は祖父の孫の一人である。身代金目当ての誘拐か。


「すぐに捜索したが、犯人からは何の連絡も来なかった」


「身代金目当てではなかったんですか?」


「最初は、俺達もそう思っていたが違った」


 父の周りに怒りが渦巻いた。握りしめた拳は、力を入れすぎて白くなっている。その手に、自分の手を重ねた。そして力を抜かせる。


「俺は大丈夫ですから、続きを話してください」


 安心させるために、口角を上げた。少しでも不安を見せたら、ここで話が終わると思った。それは駄目だ。たぶん、俺が忘れてしまった原因はこの先にある。全てを聞く必要があった。


「犯人の目的は……椿そのものだった」


「俺、自身?」


「ずっと椿に好意を抱いていて、それがどんどん大きくなって、自分の手元に置いておきたくなったらしい。ふざけた野郎だ」


 また拳を握りしめようとしたので、俺は指を絡めて阻止する。そうすれば、存在を確認するみたいに軽く力が入った。


「それじゃあ、俺は……」


 つまり変態だったわけだ。そんな俺がどうなったのか、想像は容易だった。


「いや。椿が思っていることは起こっていなかった。そいつは性欲ではなく、椿を人形として見ていたんだ。それだって、最悪だったがな。椿が発見された時、装飾された部屋で着飾られ、全く動こうとしなかった。人形のふるまいをするように強制されていたんだ」


「それは確かにトラウマになりそうですね」


「実際になったんだ。助け出されてからも、しばらくは声も出さず、ほとんど動こうともしなかった。それに……」


「それに?」


「倉敷君と、満重君を見ると、その時のことを思い出すのか手が付けられないぐらいに暴れるようになった」


「どうしてですか?」


「分からない。竜樹君はまだ平気だったんだが、どんな手を試しても無理だった。このままだとどちらのためにもならないと判断して、二人とは距離をおかせることにした。会わなくなっていくうちに椿は段々と回復していった。そして二人を忘れて、それと一緒に事件の記憶も奥底へと隠した」


「どうして竜樹さんのことは平気だったんでしょう?」


「椿の居場所を見つけて、まっさきに助けに向かったのが竜樹君だからかもしれない。確かなことは分からないが」


「竜樹さんが……でも、竜樹さんだって当時は」


「ああ。まだ中学生だった。しかし、すでに天才と呼ばれるぐらい能力は高かったから、犯人を独自に見つけ出して、椿の居場所も探り当ててくれた」


 昔から凄かったのは知っているけど、まさか命の恩人でもあったなんて。でも、まるで物語のように、他人事にしか受け取れなかった。思い出しそうな気配もない。


「思い出しそうにないか?」


「……はい。残念ながら」


「そうか。でも何があったのか、これで分かっただろう。どうして倉敷君と満重君を覚えていなかったのかも。それで十分じゃないか。無理に思い出す話でもない」


 父の言う通りだ。何があったのかは知った。嫌な記憶はわざわざ呼び覚ますべきではない。


「そうですね。父さんも思い出したくない話だったのに、教えてくれてありがとうございます」


 一番の疑問が解決したおかげで、どこかスッキリとした。事件のことは別にして、もっと二人のことを知りたくなった。


「このアルバム、少し借りてもいいですか?」


「ああ、好きにしていい。……椿」


「はい。なんですか?」


「あの時、守ってやれなくてすまなかった」


 深く頭を下げた父は、ずっと後悔していたのだろう。きっと苦しんでいたはずだ。

 俺は父の肩に、そっと手を置く。


「父さんのせいではありませんよ」


 少しでも俺の言葉が慰めになればいい。悪いのは、完全に犯人なのだから。





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