第10話 考えてみる





 きちんと婚約者としてみると約束した。

 しかし、そう簡単に選べるものでは無い。むしろ全員の将来に関わってくることなのだ。ことさら慎重になる必要があった。


 それぞれと結婚してみた時のことを、シミュレーションしてみよう。


 まずは優介君。優介君となら、友達のような気軽さで過ごせそうだ。一緒にいても緊張しない。年齢も近い分、とても楽しいだろう。

 それだけだとシェアハウスになってしまう。結婚したという意味で考えてみよう。はっきり言って、キスやその先が想像出来ない。夫としてではなく、どうしても友人がチラつく。今のところは、恋愛が出来るかどうかも微妙だ。


 次に倉敷先生。倉敷先生とは穏やかな関係を築けそうだ。

 一緒に本の話をしたり、新作の構想についてヒントを出せるかもしれない。一番近いところで応援できる。それに、家に帰った時に、すぐに出迎えてくれる人がいるのはいいものだ。倉敷先生の方が大人だから、きっと優しくリードしてくれるだろう。

 ただ、優介君と同じで、キスやその先を想像できない。いや、出来ないというよりも、したくない。倉敷先生は崇拝している人だ。そういうことをするのは、おこがましく感じる。アイドルに近い。性欲があるのかと、疑問に思う。汚せない聖域。我ながら、随分とこじらせている。


 最後に竜樹さん。竜樹さんは、やはり亭主関白なのだろうか。たぶん仕事はさせてもらえず、家にいろと言われてしまいそうだ。

 しかしパーティーの時は、配偶者として一緒に参加する必要がある。その時は、気後れしてしまいそうだ。釣り合わないと陰で言われ、お金だけの関係だと馬鹿にされる。そんな人達から、竜樹さんは守ってくれるだろうか。いや、自分でどうにかしろと丸投げされる。そのぐらいは自分で処理できると。そう考えると、辛いことが多そうだ。

 キス、は一方的にだけど、この前した。無理やりされたのは嫌だった。しかし、生理的に無理ではなかった。イケメンは得だ。


 キスはできたとして、その先は?


「っ!!」


 生々しい想像をしてしまい、慌てて考えるのを止めた。

 俺も高校生だ。経験はしていなくても、周りからの話は耳に入ってくる。どういうことをするのかは、何となく知っていた。

 しかし、いざ自分が経験するとなると話は違う。顔から火が出そうだ。熱い。熱を冷ますために、手で仰ぐ。

 想像はできた。しかし無理だ。恥ずかしくて、とても出来ない。うぶなつもりは無いけど、無理なものは無理だった。


 いや、優介君にきちんと考えると言ったのだ。簡単に切り捨てるのを止めよう。無理だ無理だと決めつけるのではなく、いいところを見つけていけばいい。一緒に住んでいるのだから、それが出来る。

 じっくりと考えて出した答えならば、きっとみんなが納得してくれるはずだ。真剣に考えよう。


 跡取りのことを含むと、子供を作れと周りから言われそうだが、性欲をともなわないパートナーだって世の中にたくさんいる。子供だって絶対できるとは限らない。

 これから先、ずっと一緒に過ごし、共に支え合い、助け合うことを前提にすればいいのだ。


 それに、選択肢は三人だけとは限らない。遺言では三人が候補だが、俺がまた別の誰かをを好きになる可能性はゼロではない。

 視野を狭めずに、たくさんの選択肢の中から、自分が後悔しないことを選べばいい。


 優介君のおかげで道がひらけた。気持ちもずっと楽になれた。それに責任も理解した。

 逃げるのではなく向き合う。そう決めた俺は、なんだか無敵になったようだった。






 向き合うと決めたからには、まずはわだかまりを無くしておきたい。禍根を残したままだと、関わることも出来ない。

 それでは有利な人と、不利な人が出てくる。公平性に欠けてしまう。早く仲直りしなくては。


 まずは、倉敷先生だ。話し合いに優介君と一緒に逃げてから、どこかギクシャクしてしまった。向こうから避けられている。執筆が忙しいと言われてしまえば、俺も無理に話はできない。邪魔するのは駄目だ。

 しかし、今回は無理やりにでも話してみよう。そう考えて、俺は隙を見て話し合いの場に引きずり込んだ。

 どうしても話をしたいと頼めば、最初は逃げようとしていたけど最終的には諦めてくれた。


「……話というのは、この前のことですか」


「そうです」


「あの時は、私が大人げなかったです。原稿の方が行き詰まっていて、そのいらだちをぶつけてしまいました。怖がらせてすみません。もうこんなことはしないと約束します」


 俺が何かを言う前に、勝手に話を進めていく。それは完全に拒絶の姿勢だった。耳障りのいい言葉で誤魔化して、これから俺に気づかれないように距離をとっていくつもりか。

 そう考えたら、いくら倉敷先生だとしても許せなかった。一方的に話して、もう終わりとばかりに席を立とうとしたので、俺はその腕を掴む。


「椿君、締切が近いから、あまり時間がないんだ。離してくれるますか。今言ったように、もう怖がらせることはしないと約束しますから」


「嫌です」


「そう言われても」


 ウロウロと視線が落ち着かない様子に、俺ははっきりと言った。


「俺は、ちゃんと向き合うと決めたんです。それなのに、逃げるんですか?」





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