その花はどこで咲く

瀬川

第1話 突然の話





「婚約者? ……俺に、ですか?」


 その言葉を、すぐには飲み込めなかった。いや、たぶんいつまで経っても無理そうだ。


 今日は、俺の誕生日だった。十八歳。今までと特に変わりない日になるはずだった。しかし、学校から帰ってきた俺を出迎えたのは、婚約者に今から会うという父の言葉だった。婚約者なんて話、今まで一度も聞いたことは無かった。それなのに、急になんなんだ。


「……もしかして、おじい様の遺言ですか?」


 こんな、とんでもない話になる原因は一つしかない。それは、十年以上前に亡くなった祖父だ。

 俺の家は、父さんが継がなかったから一般的な家庭だが、祖父は大きな会社を経営していた。名前を聞けば分かるぐらい有名なところで、父が継がなくて良かったと話を聞いて安心したぐらいだ。


 すでに故人である祖父なのだが、生前も亡くなったあとも、俺達家族をトラブルに巻き込んでいる。祖父の遺言のせいでだ。父が継ぐのを拒否したから、財産分与は簡単だったが、それが物足りなかったのか色々と付け足していた。


「そうだ。椿が18歳になったら、という内容があったんだ」


「そこに婚約者に関することが書かれているんですね。一体どんな中身なんですか?」


 きっと思いもつかないような、とんでもないことが書かれていたはず。今までのことを思い出して、自然とため息が出た。


「椿が18歳になった時、3人の婚約者候補と顔合わせをする。その中から、椿が選んだ人間に会社を継がせる。……という内容だ」


「……本気で言っていますか?」


 突拍子のない中身を覚悟していたけど、これは今までで一番ではないか。聞き間違いであって欲しい。

 しかし、父は首を横に振った。


「残念だが本当だ。親父は、俺がこれを前もって知っていたら何がなんでも阻止すると思って、弁護士だけにしか教えていなかったんだ」


「で、でも父さんが会社を継ぐのは放棄したんだから、こんなの意味が無いんじゃ」


「俺は放棄の意思表示をしたが、椿が自分も放棄するという意思表示を見せなかった場合、この遺言は効果を発揮するらしい。そして一度そうなったら、もう取り消せない」


「騙し討ちみたいなものじゃないですか」


「俺がもっと確認していれば。親父だったらやりかねないのに、完全に油断していた。すまない」


 父のせいではない。知らなかったことを止めるなんて、そんなの不可能だ。


「でも、ちょっと待ってください。会社を継がせるって言っていますが、そうしたら竜樹たつきさんはどうなるんですか?」


 父が会社を継がなかったので、現在は父の兄の息子、俺からすると従兄弟が社長の座にいる。もしもこの遺言通りなら、地位を追われることになる。そんなの許すと思えなかった。


「……それがだな」


「俺もその、婚約者候補の一人ってわけだ」


 父と二人、リビングで話していたのだが、部屋の扉が突然開いて、聞き覚えのある声が入ってきた。


「た、竜樹さんっ?」


 須藤すどう竜樹たつき28歳。祖父が亡くなった当時は、まだ俺と変わらないぐらいの年齢だったが、会社を継いだ凄い人だ。

 短めの髪を後ろに流し、その野性味あふれる整った顔を全面に押し出している。190cmに近い身長のおかげで、上に立つものには欠かせない絶対的なオーラが増していた。

 幼少期から天才だと言われ続け、挫折したことなど一度もない、そんな完璧人間だ。


 従兄弟ではあるが、ほとんど関わりがなく、親族で顔を合わせた時に挨拶を交わす程度の仲だ。そんな人が、俺の婚約者候補の一人。

 冗談でも笑えない。嘘だと言って欲しい。


「椿、18歳の誕生日おめでとう。随分と綺麗になったじゃねえか」


 竜樹さんは許可なくズカズカと中に入ってくると、俺の顎を掴んで無理やり顔をあげさせた。力が強い。痛みに顔が歪む。

 舐めまわすように観察していた竜樹さんが、ニヤリと笑った。それは捕食者の笑みだった。


「なあ、椿。お前もよく知っている俺の方が安心できるだろ。結婚するなら俺が良いって、遠慮することなく言え」


 YESの答えしか受け付けないとばかりの言い方に、とてつもなく嫌な感じがした。この人は、俺のことを会社の社長を続けるために必要な道具の一つとしか見ていない。だから俺の意見を聞く気もなく、そんなことが言えるのだ。


「……断ったら?」


「あ? 何言ってんだ。許すわけねえだろ」


 あえて挑発すれば、逆らわれることに慣れていないのか眉間にしわを寄せる。凶悪な表情だが、恐ろしいと感じなかった。アドレナリンが出ているせいか。むしろ言いなりになるつもりは無いと、強い意志を持っていた。


「あなたに許される必要はありませんが。俺が自分で決めることです」


「生意気な口だな。そんなに痛い目にあいたいか」


 顎を掴む手に力が入る。遠慮なしの強さだったが、俺は怯まず睨み返した。


「お前」


「はい。そこまで」


「っ!」


 そんな態度をとると思わなかったのか、驚いたように目を見開く竜樹さん。その手を、別の誰かが掴んだ。穏やかな声だが、言うことを聞かなくてはと感じさせる何かがあった。

 一体誰かと視線を向ければ、知っている顔があった。


「あ、あなたは」






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