024.5 サミット
「——じゃあ、僕が名乗りでよっかな」
主要9ヶ国首脳会議、
一年に一度、各国の政治・経済状況の報告や課題の解決、情報交換を目的としたこの会議の場で、まだ幼い顔立ちの彼は手を挙げた。
この場に集まる誰よりも最年少で、誰よりも場違いな金髪の少年は、しかしその場の誰からも咎められることなく賞賛された。
「おお、真か!」
「それはありがたい限りだ。こちらは魔人の相手でいっぱいだしな」
「かの四凶ならば、あるいは……!」
円卓に腰掛ける各国の王たち並びに、それぞれ背後に控えさせている護衛からも期待の声が上がる。ただ一人を除いて。
「しかし、フーゴ王。あなたは建国祭を迎えたばかりでしょう。早々に国を潰してしまっても構わないのかしら?」
訝しげに表情を歪めながらそう発言したのは、鮮やかな紅葉色の和衣装を肌にすべらせた黒髪の淑女。
挑発とも取れるその疑問に、件の王は戯けた口調で笑みを浮かべる。
「あははは、やだなあ鬼姫。国を潰すつもりなんて毛頭ないですよ」
「その覚悟もなく、第三位魔王を相手にすると? 致し方、舐めすぎではないでしょうか」
「そこまで言うなら、そちらの国で対処お願いしまーす。じゃあ議題終わりってことで、帰ってもいい?」
議題とは、すなわち『再臨した第三位魔王の相手を、どの国が請け負うか』。
渋い顔を皆が見せる一方で、フーゴだけは喜色満面で名乗りを上げたのだが、その決定が一人の娘によって覆りそうになる。飛び火を恐れた他の王達は、嘆息とともに女を睨みつけた。
しかし、自身に対する非難の視線を浴びて尚、彼女は物怖じせずフーゴと向き合う。
「それとこれとは話が別でしょう」
「ふぅん……そうかい? まあこれでも、一度魔王とやり合ってる身だからね。別に強がったりイキったりしてるつもりはないんだけど。信用できないかい?」
「確信がありません。フーゴ王。初出席にも関わらず、その姿でこの会議に望んでいるところからして信用はありませんが、果たして本当に魔王を相手にしたのかどうかに関しても、疑問が残ります」
「言うねえ。おなじG9でしょう。もうちょっとこう、仲良くして行こうという気概はないの?」
「なら誠意を見せてください」
「僕たち、国の代表ってこと理解してる? 個人同士の喧嘩じゃあないんだよ。戦争でも望んでいるのかい?」
「失笑ものですね。そんなに国力を見せびらかしたいのなら、傭兵として買われていれば良いのに」
「僕らを買えるだけの国力なんてそっちにないでしょう? ——ああ、そうそう。今年は豊作でね、うちの領地で育てたお米はとってもうまいんだ。どう? 鬼姫。今度ぜひ、ご馳走させてよ」
「——き、貴様……! 何をぬけぬけと……!! 我らから奪った領地で、技術で成り上がった薄汚い盗賊風情がッ」
「よしなさい、陽炎」
「しかし、姫様……!!」
「フーゴ王。それは、宣戦布告と捉えても構いませんね?」
「構わないけど、今度は四分の一じゃ済まないよ? 小娘」
射殺さんばかりに発せられる二人の殺圧に、円卓が軋みを上げる。数人の王がちいさな悲鳴を漏らし、それら王の護衛たちは耐えきれず膝をついた。
一触即発。瞬きの一つですら致命的と成り得るこの状況下で、ある王はくだらんと無関心を、ある王は愉快だと笑い、ある王は鋭い眼光をもって二人の圧力をねじ伏せた。
「やめんか、うぬら」
低く、荘厳でいてしゃがれた老帝の一声が空気を変える。
「つまらんだろう。無益な戦争はよせ。各々、民の命を軽んじるなよ」
視線、瞬きの一つ、発する呼気それら全てから発せられる凄まじい覇気に、フーゴは肩をすくめた。
「それもそうだね。アフラの言う通りだ。悪かったよ、ひーめ」
アフラ・マズダー——。
魔王が台頭し、激しい時代を数世紀にわたって生き延びてきた大竜帝国の老帝。
齢八〇を超えているとは思えない健在さに、流石のフーゴも姫様弄りをやめざるを得ない。
「……その呼び方、やめなさい」
「いいじゃん。友好の印さ。僕のこともフーくんって呼んでいいよ」
「………」
「それともアマネちゃんって呼んだ方がいい?」
「………」
心底気持ちが悪いと言わんばかりに睨みつける鬼姫。懲りないフーゴへ、老帝が口を開く。
「して、フーゴ。うぬ、真にやれるのか?」
「ええ、やってやりましょうぞ、殿。必ずや第三位魔王アドルフォリーゼを下して見せます」
「その根拠はどこにある?」
「駒が揃った。こういえば、最年長の殿ならわかるんじゃない?」
「……なるほど。して、その駒は手懐けられそうか?」
「さあ。千里眼で確認した感じだと、どいつもこいつも我の強いバカばっかだよ。そのうちの三人はアドルフォリーゼ相手に善戦してるし」
「確か、過去を読む千里眼だったか」
フーゴの瞳に宿る『千里眼』は、全ての過去を視通す。
スキル『千里眼』の熟練度を最大まで上げると、ランダムに付加能力が与えられる。それによって過去を見通す力を得たフーゴは、第三位魔王の出現とその特性、経歴を観測していた。
故に、顕現した第三位魔王による甚大な被害を被るその前に、こうして迅速な情報交換が行われていた。
「どの時代の
「………」
「それでも確実に殺すことは難しいよ。僕もそっち特化でスキルを組んでるワケじゃないし、そっちの専門職のお方たちは雑魚ばっかでお話にならない。今代の聖女は有能だけど、魔王を相手にできるほどの格はないなあ」
魔王にも劣らぬ眼光の鋭さから逃げるようにして、フーゴは
「フーゴ王。それは我々、聖道国家を侮辱しているのですかな?」
「そう思うのなら国力の底上げを必死にやらないと。キミたち聖職者は、少々聖女に頼りすぎだ。聖女が現れればいかようにもなると思ってやがる」
「うぐ……っ」
「いや負け認めるの早っ!?」
「だからよさぬか、フーゴ。そも、うぬの能力ならその聖女を特定することも容易だろうに」
「見つけてるけど、もう僕が囲ってるって言ったら怒る?」
「……うぬは一体、何がしたい?」
「単純だよ。僕はただ、楽しい夢がいつまでも続けばいいと……そう願ってる」
「あくまで、魔王殲滅のためと?」
「そう。信じてよ。まあ第三位魔王を滅ぼすことは難しいけど、可能性ならある。そう遠くない未来にね」
「ならば信じよう」
「ありがとう。それじゃあ、報告を楽しみにしててよ」
そして、今期の首脳会議の最重要議題は、フーゴ率いる『フーゴしか勝たん大国』が引き受ける形となって終わりを迎えた。
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