023 三つ巴
「き、さま——分を弁えろよ魔物風情がぁッ」
乱入してきたオーガの不意打ちによって吹き飛んでいった黒騎士が、地を突く怒声と共に黒閃を噴き上げた。
地を抉りながらうねりを上げる漆黒は、俺とオーガの相対を阻む。
「まとめて滅してやるからかかって来い!!」
「はっ、ほざけよ陰気野郎。ディアリスの城にでも引き篭もってろ」
「我が主君を呼び捨てにしたその罪、煉獄であろうとも償えんぞ貴様……っ!」
「■■■——ッ!!!!」
「「黙ってろよ豚野郎ッ!!」」
「■■■■■ッッッ!!!!」
オーガの猛り狂った覇気が地面を砕く。蜘蛛の巣状に割れ伸びた亀裂が足元に届くよりも速く、オーガは俺へ疾走を始めた。
魔素を孕ませた極太の丸太が音速を超えて轟く。二週間前よりも速く、また殺傷力の高いその一撃を左方へ受け流した。
「チッ——前みてえに上手くいかねえかッ!」
「■■ォォ——ォォォォォォッッ!!!!」
受け流した丸太が地面を砕き、クレーターが広がる。
完全に力を受け流すことができず、俺の両腕は粉砕された。
この二週間で、だいぶ
ただでさえ掛け離れていたというのに、こいつは——
「そんなに俺が恋しかったかよ——オーガぁぁぁッ!!」
「——くたばれ獣共ッ」
続く丸太と大鎌の連撃は、横殴りの一閃に阻まれる。暗澹たる閃光が薙ぎ払うように放たれ、俺の脇腹とオーガの腰が抉れる。
火傷なんてレベルじゃない痛みと損傷に苦悶の声を上げる暇もなく、俺の体は宙を浮いていた。オーガの放った蹴りをまともに受け、地面スレスレを低空しながら家屋に突っ込む。
「チッ……限界を迎えつつある、か。
——こんな雑魚共に披露するのは惜しいが、敗北するよりマシか」
「■■■ッ!!」
「星光を堕とせ——
木材が体を突き破る痛みなど感じさせないまま、俺は無理やり飛び上がった。
前方では、丸太を槍のように黒騎士へ投擲するオーガの姿が見えた。
「鎮めろ、静めろ、沈めろ。
この黒穴に引き摺り落とし、我は何者にも染まらぬ闇であり続けたい」
黒騎士に近づくにつれて減速する丸太。とうとう押さえつけられるようにして地面に落ちた丸太は、木端となって地面に散らばった。
「触れることを拒む。触れることを忌む。皆、誰も触れることはできない。
光など要らない。星の輝きも失せよ。人の体温など、笑止千万。望んですらいない。
この身はたった一つの暗黒でいい——歪曲する天体」
その先を紡がせてはダメだ——そう直感した俺は、しかしこの距離でどうにかするには遅すぎて。
だから——
「
「なにボサッとしてやがんだよ」
天井知らずに膨れ上がる魔力の奔流。
重く息苦しく、肉体の節々が悲鳴を上げて平伏したいと叫んでいる。
傷口からは血液が噴出し、立つことすらままならない。
アレは恐らく——あの魔剣の真価は、超高火力の斬撃で敵を薙ぎ払うことではなく。
「おまえの出番だぞ、なに指咥えて待ってやがる」
発動させれば、きっと今の俺では太刀打ちできない。
悔しいが、鎌を振るうだけの能しかないから。
他人任せってのは俺の主義じゃないし、正直男の土俵でこんなこと言うなんて、恥知らずにもほどがある。まさに身銭を切る思いだよ。……使い方、合ってるか?
まあともかく。
頼むよ。相棒。
次あったら少しは優しくしてやるからさ。
ここで死んだら、後悔するぜ?
だから、なあ。
いい加減——
「早く助けにきやがれ——ユズキ」
「
そして震う魔剣の効力は、
「■■■■・■■■■■■」
空間を覆うその前に、ピタリと静止した。
まるで時を止められたかのように、闇雲の波は動きを封じられ——
「う、お——おォォォォォッッ!!」
「■■■■ッッ!!!!」
いったい誰の仕業か、どんな効力なのかは知らないが。
この機を逃すなんて失態は犯さない。
それはオーガも同じのようで、俺たちは示し合わせたかのように地を駆けた。
「——なんだ、これは……!? なぜ動かない、なぜ……!?」
黒騎士としても予想外の展開だったのか、自信満々に気取っていた態度が焦りに転じていた。
こんなはずはないと、無駄に魔剣へ魔力を流し続ける痴態を披露する黒騎士へ、射程距離内に入った俺とオーガの一撃が炸裂した。
「ぶっ飛べえええッ!!!!」
「■■■■ッッ!!!!」
「がぅあ——ぶぐァッッ!!!?」
渾身を込めた両者の一撃が黒騎士の体を裂き、
「はぁ、はぁ、っ、はぁ……」
荒い呼吸をなんとか整えようと息を繰り返す。
ようやく見舞った一撃。
恐らく一人では一撃を与えることすら難しかっただろう。
あの現象がいったい誰に齎されたモノなのか。想像はつくが、確証はないしいつものふざけた笑みではぐらかされそうだ。
ともかく、これで三つ巴の一角が消えた。
残るは——
「おまえとの決着だけだが……」
「■■……」
「へえへえ。やる気満々なとこ申し訳ねえが、預けといてくんねえかな?」
「■■?!」
「……不満だってか? こっちだってタイミングが悪りぃんだ。まずはおっちゃんを助けねえと。互いに身軽な方がいいだろ? 何も抱えてない方が、楽しい仕合ができると思うんだが」
「■■……」
フシュウと鼻息を吐いて、渋々納得したオーガ。
意外と聞き分けのいいヤツで助かった。それに、新しい丸太を補充しないといけないらしいオーガが踵を返したその時。
「——ま、て」
「まだ生きて……やがったのか!」
「……■■」
鎧の継ぎ目から尋常ではない量の血液を流しながら、黒騎士は再びステージに上がってきた。
見るからに満身創痍な黒騎士は、しかし降りかかる痛み全てを気勢で打ち消して、魔剣を構える。
「まだ終わってない。まだ死んでいない。まだ、戦える」
兜の奥から覗く漆黒の眼光は、まだ衰えていなかった。灯る炎は、消える寸前だというのに燃焼を加速させている。
「なに、勝手に終わらせてる……! あいつも、そうだ……どいつも、こいつも……! 私を足元に見やがる……それが我慢ならん……っ!!」
小指一本でも触れれば倒れてしまいそうな風体だというのに、なんだこの覇気は。威圧感は。殺意は。
無意識に生唾を飲む。
これまで感じたことのない類の死の気配に、俺は思わず見惚れてしまった。
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