024 羽化

「——ユウキくん、大丈夫?!」


「間に合ったか。——ほう。これはこれは、なんと面白そうなメンツだ」



 大勢の冒険者や生存者を引き連れて、ユズキと聖十郎が追いついた。


 

「ユズキ、おっちゃんを頼む。絶対に死なせるな」


「……わかった。やるだけやってみるよ」


「頼む。それからすぐにここから転移して逃げろ」


「ユウキくんも一緒じゃなきゃやだよ」



 おっちゃんの介抱をしながら言ったユズキの声音には、芯の通った熱があった。



「この場の全員を見殺しにしてでも、あなただけはわたしが守るから」


「はっ……彼氏持ちの言う科白じゃねえだろ」


「じゃあ彼氏になってよ」


「———」



 言葉が詰まった。


 引き攣る頬と、変な具合で揺れる心臓。


 俺は、なにこんなヤツの一言にドキドキしてんだよ。



「ふん、イチャつくのも大概にしろ阿呆共。まずはここを乗り切ってからだろう。あのオーガに黒騎士は、只者じゃない」



 聖十郎が俺の隣に出る。



「ちなみに、どっちが本命だ?」


「あ?」


「オーガと黒騎士だ。我はどちらでも構わん。要は、独り占めするなよ我にも分けろ、という意味だ」


「あー、いやそれなんだが」


「なんだ、あの黒騎士。すでにボロボロではないか。そんなのとやっても楽しくないな」



 黒騎士から視線をオーガに移した聖十郎は、今まさに距離を詰めようとしたその時。血色の風が吹いた。


 

「———!?」


「舐めたな、私を」



 聖十郎の目の前に現れた黒騎士が、魔剣を薙ぐ。


 思いがけない強襲に、しかしなんとか剣を割り込ませ直撃を防いだ聖十郎は、剣圧に耐えきれず後方に押し下がった。


 

「この程度の剣戟で——」


「くっ……!?」



 次いで迫る黒騎士の猛攻に、聖十郎は双剣で喰らいつく。



「この程度の速さで——」


「く、そ……追いつけない……ッ」



 まるで舞踏のように地を踏み鳴らしながら、剣戟がどよめいた。


 あの聖十郎の剣速を物ともせず真正面から打ち殺し、追い込み、彼を凌駕する剣閃で体に亀裂を入れていく。


 苦悶を漏らす聖十郎。一瞬、わずかに曇った双剣の縫い目へ、黒騎士の魔剣がうねる。



「この程度の実力で————」



 相手にならないと言わんばかりの、小馬鹿にした雰囲気が一変する。


 剣先に収束した漆黒の魔力が、聖十郎の胸部を撃ち抜いた。



「私を——侮辱したのか貴様ぁぁぁぁぁッ!!」



 天をくほどの声量とともに、砲撃が上空の雨雲を穿つ。


 力なく地面に崩れ落ちる聖十郎。


 僅か十数秒にも満たぬ短い時の中で、黒騎士は証明してみせたのだ。



「この程度の外傷で見くびるなよ人間種ベスティエ


「っ、聖十郎……!?」


「貴様らを縊り殺すのに、貴様らを斬殺するのに、貴様らを根絶やしにするのに——この程度の傷では、ハンデにすらならない」



 幽鬼さながらに凄絶な殺意を叩きつけてくる黒騎士。


 なるほど。あれの言う通り、殺さなければきっと死ぬまで剣を振るう、さながら殺戮兵器。


 そして、



「それを望んでいるのならやってやる。今さら、殺しに躊躇しているワケじゃねえしよ」


「来いよ、人間種ベスティエ


「ただ、おまえ……目を逸らすなよ」



 地を踏みしめる。瞬間、俺の疾走は音の壁を軽く突き破った。



「——!?」



 一瞬で間合いを詰めた俺の大鎌が、黒騎士の首元にかかる。



「レスト・イン・ピース」



 反応できなかっただろう。対応できなかっただろう。何故なら、勝機を見出すその一瞬まで取っておいた手札スキルだから。


 どれだけ達者にイキがろうとも、満身創痍なのは明白。


 これまでとは一線を画した速度ギアに、目が、体が追いつけるはずがない。


 

「安からに眠れよ。おまえは確かに、強かった」


「———」



 勝機の確信。


 これ以上ないほどの決定打を逃す俺ではない。


 尋常ではない強敵を打ち倒した俺は、更なる強さを手に入れる。


 そして、


 薙ぎ払った大鎌は、



「———ん、な……ぁッ!!?」



 数多の触手を切り裂いていた。


 撒き散らされる緑色の血液。


 ピクピクと、ミミズのように気色悪い見た目で痙攣する大量のそれらが地に落ちる。



「え、これ……は……おい、どーなってやが——?!」


 

 呆気にとられているのは、俺だけではなかった。


 地面に尻をつく黒騎士。オーガ。ユズキ。冒険者や生存者たちが、驚愕に目を剥いていた。一点の方向を見つめて。



 ——抜け殻。



 いつの間にか、戦場と化したこの場の中央に置いてあったのは、ダンジョン内で触手を撒き散らしていた卵巣だった。


 ダンジョンを埋め尽くすほどの触手は消え、その代わりに大きく肥大した果実がそこに荘厳と立っている。


 

 音もなく、気配もなく。


 どういったわけか一瞬で現れたその果実には、いくつもの穴が空いていた。


 まるで閉じられた世界を砕き、新たな世界へ旅立とうとする雛鳥のように。


 それは、母胎から得体の知れない何かが這い出たという証明で。


 

「……!」



 湧き出る冷汗。

 

 この場の誰もが指一本すら動かせなかった。


 この未知に、絶句している。


 だからこそ。


 その静けさが支配する世界で。


 その声は、あまりにも場違いだったから。







「神様は言いました」








《——








「いつか夢は覚めるのです」








《レベルが掛け離れています。勝率は0.00000000000001%を予測》









「故に、覚めない夢を創り上げなさいと」









《直ちに撤退を推奨します。繰り返します——魔王を観測しました。直ちに撤退を推奨します》

 




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