036 不変なる未来へ、飛翔せよ我が闘志

 邪魔をしてくる柄の悪い連中を片っぱしから叩き潰した俺は、自身の培ってきた感をもとに片泊まりの宿――日本でいうところのラブホにたどり着いた。怪訝な顔の受付のおばさんに、ルミカから渡された最後の金貨を渡し、空いてる部屋の鍵を受け取る。



「お、お客さんお釣りは……?」

「要らねえ。チップってヤツだ」

「は、はあ……」

「うぅ、ひっく……たすけて……」

「……ご、ごめんね。せめて、アンタのお姉さんに通報しておいてやるから」

「ひぅ……!」



 なにやら二人で話をしているようだが、うまく聞き取れない。段々と感覚は戻ってきているがまだ本調子ではない。

 そういえば俺、どうしてこんな調子悪くなったんだっけ?

 まあ、そんなことはどうでもいいか。



「ゲハハハ、いい部屋じゃあねえか」



 ドアを開け放ち、ズカズカと入り込んだ俺はげっそりと涙で濡らしたクロナちゃんを寝かせる。



「すまん、優しくできないかも」

「ひぃぁ……っ」

「でも、俺知ってるぞ。ゲハハハ……獣人はドワーフと色濃く混ざった種族だから、頑丈なんだってな」



 ユズキ情報だから大して信憑性はなさそうだが。



「それってつまり、激しくしても大丈夫ってことだよなあ!?」

「お、おおおおおお姉ちゃんだずげでぇぇぇッ!!」



 カチャカチャカチャ。ベルトの金具を外し、上着を脱いでいく。ズボンを下ろし、ワイシャツを脱ぎ捨て、俺はクロナちゃんのドレスに手をつけた。抵抗するクロナちゃん。そういうプレイが好きなのかな。ああ、いいな。無理やりなシチュエーションも興奮するぜ。



「も、もうだめぇ……! わっぢ、もうここで汚されるぅ……!」

「あああああ、たまらんなああああビィぃぃストぉぉぉッ!!」



 見た目は○学生だが、獣人種ビーストというだけで何も問題はない。それに、彼女は未成年じゃないと言った。俺は彼女の言葉を信じよう。



「かわいらしい下着じゃあねえか、ゲハハハハハハ!」

「………」

「おっと、もう諦めちまったのか? 抵抗しろよ、なあッ」



 そういうシチュエーションだろう!?



『心だけは屈しない……愛するお姉ちゃんが居るから』



 なるほど、そういう設定か。

 そういうことなら遠慮なく、



「――いただきます」



 無抵抗で、可愛らしい顔を涙と鼻水でぐちょぐちょにしたクロナちゃんの唇に、俺は自身の唇を重ねようと覆い被さったその直後。



「くぅぅぅぅぅろなぁぁぁぁぁあああああッ!!」

「―――!?」



 窓ガラスをぶち破って、クロナちゃんによく似た顔立ちの美少女が割り込んできた。

 鬼気迫った表情と尋常ではない覇気をまとって、銀色の獣人種ビーストは咆える。



「テメエかぁクソがッ!! わっちの妹から退きやがれェッ!!」





「クロナの上から退きやがれつってんだよクソ野郎ッ!」

「妹……?」

「お、お姉ちゃぁぁぁんっ!」

「おね……?」



 俺とクロナちゃんのラブタイムに乱入して来たのは、まさかまさかのお姉様。

 黒髪のクロナちゃんとは違い、お姉様はきれいな銀髪を逆立てて拳を握りしめていた。今すぐにでも飛びかかって来そうな荒々しい野性味は、まさに獣人然としている。


 しかし、解せん。


 

「姉なら、妹の恋路は応援してやれよ。お姉様」

「お姉様いうなッ! クロナはまだ未成年だぞ!」

「え、みせーねん?」

「お、お姉ちゃん! わっちはもう大人だよ! みせーねんじゃないよっ」

「黙れぇいっ! おまえは助かりたいのか助かりたくないのか、どっちなんだよ!?」

「だずげでお姉ちゃんごの人ごわいっ!!」

「なら助けてやるから黙ってろっ!!」



 お姉様の怒声が響く。次いで、床を砕き蹴るお姉様が拳を振りかぶった。


 

「おっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ、まず話し合おうお姉様!」

「話す話題なんてくそもねえよクソ野郎ッ! そして――わっちをお姉様呼ばわりすんじゃあねぇッ」



 怒声一閃。まるで抜き身の刃のように駆るお姉様の拳が、俺をベッドから壁際に追いやった。

 凄まじい拳のキレだな。

 躱したはずなのに、頬からうっすらと血が滲んだ。



「いや、話し合おうぜ。俺はどちらかというと、逆ナンされたんだよ」

「なんだって?」

「だから、逆ナン。クロナちゃんが俺に一目惚れして、声をかけてきて。だからここにいるのは――そう! 必然なんだッ」

「うるせえ、いい加減美人局つつもたせに遭ったってことを理解しろッ」

「え、ツツモタセ……?」



 美人局って、あの?

 綺麗なお姉さんに釣られて行った先で、怖いお兄さんに金品を強請られるっていう、あの?


 俺は、信じられないとベッドの上のクロナちゃんを見た。

 彼女は、華奢な肢体を震わせながら服の袖に手を通していた。逃げる気満々である。



「嘘だろ……だって、クロナちゃん……俺のことが好きだって」

「い、言ってないですっ!」

「子どもは七人ほしいって!」

「言ってないですっ!」

「外に出すのはイヤ、中がいいってッ」

「言ってないですいいかげん気持ち悪いんですよこのクソど変態のロリコン野郎ッ」

「―――」



 信じられない罵声と共に、クロナちゃんは割れた窓から飛び出していった。



「クロナちゃぁぁぁんぅぅっ!!」

「気安くその名を呼ぶなよペド野郎がッ」



 手を伸ばす俺。しかし、無常にもお姉様によって阻まれた。

 怒りの形相と共に振り上げられるアッパーが、俺の顎を容赦なく打ち抜く。



「ぶべッ――!」

「くたばれや、猿がッ」

「っ――」



 続く飛び蹴りが腹部を射抜き、俺は抵抗できず壁に激突した。

 ブラックアウト寸前の意識。

 血反吐を撒き散らしたタイミングで、お姉様が俺の頭を踏み抜いた。



「あ……? こいつ、なんて頑丈さだよ。かんっぺきに頭蓋骨を踏み砕いてやるつもりだったんだが……木の上から落ちた果物のように、ぺしゃんこにしてやるつもりだったってのに。こいつ」



 蜘蛛の巣状に割れる床。

 閉ざされていく視界の隅で、お姉様の声が響く。



「まあいい。理由はどうであれ、わっちらロートリンゲン・ファミリーに楯突いたんだ。死んで詫びろ」



 再び頭部から襲う衝撃。

 ああ、もうダメだ。

 俺はもう、ダメだ。

 クロナちゃん。

 俺は……。

 最期に、きみを。

 獣人種の、きみを。

 抱きたかった――。



『抽出完了』



 涙と血で濡れた瞼の裏で、シスフェリアの声が響いた。



『これでもう毒による影響はなくなった。戦える』



 いやでもさ、シス。

 俺、もう戦えないよ。



『ユウキ。獣人種なら、そこにいる』



 え?



『目の前に、獣人種がいる』



 あ。



『しかも美人。クロナちゃんと瓜二つ』



 ホントだ。



『子どもが犯した罪は、誰が責任を取る?

 部下が犯した罪は、誰が責任を取る?』

 


 耳元で囁くように、シスフェリアが言う。



『ユウキ。逃げた妹の責任は、目の前の姉に取ってもらえばいい』

「―――」

『ゆくゆくは、姉妹丼』



 瞬間、



「な、なんだこいつ急に目を見開きやがった……っ!?」



 全身を繋ぐ血管という名の回路に、熱く迸る何かが疾走を開始した。



「み……視えたぞ」

「あ、あ……? 何言ってんだ、こいつ……?」



 ああ、シス。

 視えたぞ。

 俺にも、視えたぞ――未来が。



「お姉様の、おパンツが……ッ」

「~~~っ!?」


 

 ちっこい体して、大人ぶった派手な赤が!!

 俺には、視えたぞ!

 姉妹丼がッ!

 これが、未来……っ!!

 これが、姉妹丼……っ!!



『千里眼——開眼』

「し、しねえこの変態! ぶっこーすぞッ!?」

「俺はもう、生きることを諦めないッ!」

「ぬぁっ――!?」



『スキル《闘気操作》を獲得しました』



 俺の全身から瞬発的に発せられた気迫のようなものが、お姉様の体を吹き飛ばす。

 床を滑りながら壁に激突し、しかし流石はお姉様。すぐさま態勢を立て直し、キッと前方を睨みつけるがそこに、俺はもういない。



「勘違いしていた。俺の性欲は、ただ腰と腰とをぶつけ合うことで発散されるわけじゃない」

「な……いつの間に――って、おまえなに指につけてやがる!?」

「俺にできることはただ一つ」



 利き手の中指と人差し指に備え付けのコンドームを装着した俺は、肉体の内側から溢れ出す力――闘気を右腕に注ぎ込む。



「――相思相愛のラブラブエッチだ」

「てめえ、何クソ真面目な顔で意味わかんねえこと言ってやがる。気持ち悪りぃんだよさっきから……ッ」

「拳は……拳は性欲で出来ているッ」



 ほぼ同時、互いに床を踏みしめ、距離を詰めた俺とお姉様の拳が激突した。

 くうを駆る二つの稲妻が互いに喰らいあったかのような衝撃で、ただでさえズタズタだった床がめくれ上がり、同時に指に装着していたコンドームも破け散った。

 


「なるほど。神は、避妊なんて望んじゃいねえってことだ」

「ふざけろ猿が、てめえマジでぶっ殺すからな……!」

「行くぞ、エロリ獣人種ビースト――語彙の貯蔵は十分か?」

「——っ!?」



 続く拳撃がお姉様の速度と力を上回り、腹部に突き刺さる。華奢な体をくの字に曲げて、閃光の速さで壁を突き破り、お姉様は掻き消えた。

 

 

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