035 ドレスコード

 部屋へ案内されてから十五分後――。

 俺はフロントの四方に設けられた白磁の壁に背中を預けて、みんなの到着を待っていた。

 


「ふ……っ。早く来すぎたか」



 髪をキザったらしく掻き上げて、俺は壁を見る。磨きに磨きを重ねたであろうその壁は、彫刻のように研磨され美しく透明感をもっていた。

 そこにうっすらと映る俺は、先までの自分が嘘のように洗礼された装いだった。



「流石は四凶の一角……窮奇きゅうきのフーゴ。おまえは最後に打倒してやろう」



 身に滑らせるのは、体型にしっかりと吸い付くようデザインされた黒スーツ。ワイシャツは白で、ネクタイは派手な模様の入った赤。動きやすさを阻害しない、肌触り滑らかな生地は説明書き通りなら防刃。

 まるでアクション映画の主役のようにカッコよくゴージャスな、それでいてシンプルなこのスーツは俺を最大限引き立たせてくれていた。


 早くこのカッコいい俺を見てほしい。その一心で、体を清めた後、フロントに一番乗りしたのだった。


 

「はぁ……靴までビッカビカ。鏡やん。俺の顔うつっとるやん。やっば、ちょー今の俺かっけえ」

「お兄さん、ほんっとカッコいいですね! こんなイケメン、そうそう見ないですよー。どっかの御曹司さんですかあ?」



 しゃがみ込み、鏡面となった革靴のつま先部分を覗き込んでいた俺の頭上から、ソプラノトーンが降って来た。

 声質からしてユズキより幼い感じがする。



「あのー、お兄さん? おーい、どうしたんですか、自分の顔に見惚れちゃってるんですかー?」

「おいおい逆ナンか? まったく、賞賛してやりたいくらいおまえは見る目があるな」

「な、なら顔あげてわっちの顔みてくださいよ……」



 しかし、しかしだよお嬢さん。

 懐から靴磨き用の布を取り出して、俺はつま先を拭う。



「せっかくのスーツなんだ。隣に立つに相応しいのはお嬢さんではなく、お姉さんなんだよ」

「んむぅ? これでもせーじんしてるんだけどなあ?」

「はいはい、大人を揶揄うのはやめなさい。俺は犯罪者になんてなりたくないね。今は大人のお姉さんが――」



 と、そこで視界の上らへんで蠢いている存在に気がついた。

 俺に話しかけているであろう少女の足と足の向こう側に、それはいた。

 それは、細長い棒のようなもので、ゆらゆらと左右に揺れ動いている。まるで蛇のように、しなやかなそれはそう……尻尾のようで。


 

「しっぽ……だ、と……?」

「あれえ? お兄さん、もしかして獣人種ビーストは初めて?」

「―――」



 弾かれるようにして上を見上げた俺は、絶句した。


 

「か」

「ん? か?」

「か、か」

「ど、どうしたのお兄さん。今にも血ぃ噴き出しそうな顔をして」



 美しい黒色の瞳だった。

 くりくりとした猫目で二重。黒色の髪はパーマがかけられたようにくるくるで、首に嵌められた輪っかを際立たせている。


 とても可愛らしい少女だった。

 高級旅荘に相応しいドレスコードの彼女は、ユズキよりも幼く、十代前半といった顔立ちと身長で。

 若干ヘラってそうなところを除けば、そのルックスはあまりにも眩しすぎる。


 だからこそ、言わざるを得ない。

 その程度で、俺は誘惑に落ちないと。

 だが、決定打はあった。

 それは、頭の上ににょきっと生えている、それ。


 ――猫耳だ。


 もう、俺は疑ったりしない。

 彼女は、間違いなく噂に聞く……獣人種ビースト――



「――か、わ――かわ、いい……ッ! きゃわいいッ」

「え、え? あ、ありがと……そ、そんな本気で言われたの、初めてよ……ちょっとこわい」

「俺に何か用? 逆ナンして来たよね? どっかお茶でもしにいく?」

「え、すごい手のひら返し……こわ」

「大丈夫大丈夫、お兄さん未成年でもいけるから」

「この人こわいっ」



 なんなら俺も未成年だし。

 ああでも、この国じゃどうなんだろう。見た目完全に○学生だけど、もしかしたらこの世界では大人なのかもしれない。

 いやいや、エルフは長寿な種族っていうし、獣人も見た目通りの年齢じゃないのかもしれない。

 まあ、ともかく、



「お嬢さん、俺とこれから飯行かね?」

「う、ん……い、いくよ。クロナ、もうみせーねんじゃないから大丈夫……」

「よし行こう。大人だもんなぁクロナちゃん。お兄ちゃんと一緒にこれから、大人の遊びしよーな!」



 俺の半分ほどの身長のクロナちゃんの腰に手を添えて、俺はエスコートしながら旅荘を出た。もう俺の頭の中には、待ち合わせとか仲間の存在とかそういう部分は綺麗さっぱりと消えていた。ただあるのは、獣人種めっちゃかわいい早く孕ませたい、という邪念だけ。



「あ、そうだ。俺さ、さっきここに来たばかりであんま知らないんだよな。適当な店とか知らない?」

「あ、あるよ! いい場所知ってるよ、お兄さんっ! わっちもよく使ってるいい場所、あるよ!」

「おう、じゃあそこにしようぜ」

「ひゃあっ!? ちょ、ちょっとお兄さん、尻尾さわらないでよぉ」

「ウヘ、ウヘヘヘ、そりゃ悪りぃな! 尻尾は弱いんだったよなあ、獣人種ビーストはぁっ」

「こ、こわいよぉ……この人こわいよぉ……」



 なぜだか涙目で怯えた様子のクロナちゃん。緊張しているのだろうか。まあ、俺ほどのルックスだしこのスーツだしな。そこらの男などとは比べ物にならないカッコよさが、俺にはあるから仕方がない。



『獣人の魅力、恐るべし』

「ああ、鼻歌でも歌ってやりたい気分だ」

「う、うぅ……そ、そこの喫茶店です……!」

「よし、入ろう」



 喫茶店のドアを開けて、クロナちゃんを先に通す。

 店内は至って普通の喫茶店で、都合のいいことに客はポツポツとしかいない。

 

 見知った店に来たからだろうか、クロナちゃんは我を取り戻してスタスタと歩いていく。その後ろで、細長い尻尾が蛇のようにクロナちゃんの後を追った。



「こ、こっちどうぞ、お兄さん! ここのコーヒーって飲み物、苦いんですけど慣れたらうまいんですよ!」

「ほぅ。じゃあそれを頂こうか。クロナちゃんは何飲む?」

「く、クロナは大丈夫です。お金、あんまり持ってないし……」

「気にするなよ。俺が出すから好きなものを頼め」

「ほんとっ!? じゃあ、ここからここまでぜーんぶちょーだいっ!」



 おまえどこのハリー・ポッターだよ。なら俺はなんだ、ロンか。じゃあそろそろハーマイオニーの登場か?!

 


「お待たせしました、コーヒーです」

「おお、すげえ。ちゃんとしたコーヒーだ」

「さぁ、お兄ぃさーん! 言いたことはぁぁ、飲んでからいぃぃぃぃえええぇぇっ!」

「え、まって、それコーヒーでやる?」



 突然ぶっ飛んだテンションのクロナちゃんに引いてしまう俺。



「じゃあお兄さん――いい波乗ってんねえぇっ!」

「だいぶ古いけど、この世界では流行ってんの?」

「萌え萌え~きゅんっ♡」

「かわいいっ!!」



 かわいさに抗えず一気した俺は、喉をとおる尋常ではない苦味に意識を失いかけた。

 なんだこれ。ゲロマズ。

 一瞬で全身がピリピリしてきた。


 

「よ、よし、これであとはこっちのもん……」

「ああでも、これから美幼女ビーストとやれるってこと考えたら別になんてことねえわ」

「っ!?」



 ちょっとばかし胃が痛いしムカムカするし、なんか頭痛もしてきたしなんなら吐気も止まらんわ寒気も止まらんわ痺れもやばいわで猛毒でも飲み込んだんかってぐらい体調悪くなって来たけど。



『性欲がすべてを凌駕する』



 シスの言う通り。これから起こるであろう未来の予測が、俺を掻き立てる。



『この日のために『常在戦場』を取った』



 シスの言う通り。どれだけ中身をぐちゃぐちゃにされようと、常在戦場が俺を欲望に突き立てる。



「よし、次行こう」

「ひぃっ、なんでこの人劣化ヒュドラって呼ばれる毒竜の血液飲んでも平然としてるの……!?」

「え、なんか言った? ちょっと耳から血ぃ出てきてうまく聞き取れない」

「げ、解毒薬渡して欲しかったら有り金全部よこせって言おうと思ったのにぃぃっ!?」

「え、何? オススメのラブホあるって? ファラオ? どこだそれ」



 なんだか涙目で顔を蒼白にしているクロナちゃん。これはアレだ。俺のルックスに酔ってしまったのだろう。早く介抱しなくては。



「マスター、釣りはいらねえ」

「た、助けてええ……」



 クロナちゃんの腕を引っ張り、俺はルミカからもらった金貨一枚をテーブルに置いて店を出た。

 これからこんなロリ美少女と、しかも獣人種ビーストとパコれるなんて最高かよ。一生あなたの竿でありたい。どうも、獣人種ビースト専門の竿、ロリ穴男です。ロリ穴にきしゃぽっぽー。



『どうしよう。毒で頭までおかしくなってる。自分で何言ってるのかわかってない』

「ゲハハハハハッ! 人の夢はッ!! 終わらねェッ!! ハメエぇツ!!」

「ひぃぃっ!?」



 と、その時。

 俺の道を塞ぐようにして、三人の男たちがやってきた。



「おいおい待てやテメエ、そこの嬢ちゃんが怖がってんじゃ――ひぃ、こいつ目から血の涙流して笑ってやがる……!?」

「た、助けてマルコ! この人、いつもとちがう! 毒を盛ってるのに効いてない!」


「俺の前に立つなハメぇッ!!」


「――グオらばッ!!?」

「お、お嬢、効きすぎて頭おかしくなってやがるんだこいつ!」

「す、すぐ姉貴に連絡しないと――ひぎぃああッ!?」


「ハメッ! 生ハメだハメぇッ!!」


「誰がダズげでええええッ!!」

「と、止めろあの変態を止めろぉぉぉッ!!」

「お嬢がやられるぞぉぉ! 止めろぉぉぉッ!!」


「クロナぁぁッ! まだおめえの口から聞いてねえぞ! イキたいっていえええハメぇぇッ!!」


「いぎだぐないッ!!」

『大丈夫、もう半分は毒素抽出した。あともう少し、頑張って』

「ひぃぃッ!? て、てめえ、ロートリンゲン・ファミリーに楯突いて、タダで済むとおも――……」

「ま、マルコの気配が……」

「消えた……っ」

 

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