034 高級旅荘

「ん……見えてきた。あれが、王都?」



 俺の左隣、メイド服姿のシスフェリアが馬車の窓から身を乗り出して言った。視線を追いかけると、確かに王都らしき町影が見えてきた。検問所と思わしき場所から続くように、商人や旅人、冒険者のような風貌の者たちが並んでいる。


 

「あれが王都バルジルーンか……英国っぽいな、雰囲気」

「あー、近いかもね。時計塔とかはないけど、建物の作りは似てるかも」



 いつの間にか復活したユズキが、シスフェリアと同じように窓から身を乗り出した。

 俺の両隣、視線の位置に二つの美尻が並ぶ。馬車のちいさな揺れもあいまって、スカートの中身が見えそうで見えないのがまた素敵だった。



「……ユウキ。見るならユズキにして」

「え、なになに? 何を見るって?」

「協力する?」

「いや、そこで一緒に戦うのは違うだろ」

「え、だからなんの話? わたしのスカートの中身? いいけど、責任とってね?」

「興味ねえよ、おまえのパンツ。どうせ白か黒だろ」

「なっ――」



 こいつ、白と黒の下着しか持ってねえのかよ。前もそうだったろ。

 そうこうしているうちに検問所に到着し、ルミカが一枚の羊皮紙を見せることで難なく王都のなかへ入ることができた。


 背の高い建物がぎゅっと詰められた目貫通りメインストリートの街並。そこに溢れかえる人々と沈んでいく夕日の眺めは、なぜだか胸をときめかせた。


 つい半日前に色々とあった胸の内を埋めていくように、その喧騒と人の営みが愛おしく見えた。



「きょうはもう遅いですから、観光はまた明日にしましょう。このまま宿に向かいます」

目貫通りメインストリートは通らないのか?」

「馬車の往来は禁じられているのです」

「そっか……」



 それは残念だが、仕方がない。確かにアレだけの人の量を馬車で通るには危なすぎる。



「宿に馬車を預けた後、夕食を食べに街を歩きましょう」

「おっ、マジか?!」

「はい。フーゴ様から資金をいただいております。使い切って来るまで帰ってくるなと厳命を受けているので皆さん、どうかご協力お願い致します」



 困ったように眉根を寄せたルミカは、懐からパンパンに膨れ上がった金貨を二袋取り出した。

 確か、金貨一枚は日本円で約一万だったはず。

 あの麻袋にどれだけ金貨が入るのかはわからないが、相当豪遊しなければ使い切れない量だろう。



「一応、滞在期間は三日です。それだけあれば王都を十分に楽しめることでしょう」

「いいのか? すぐフーゴのとこに行かなくても。建国祭だってあるだろ?」

「建国祭の最終日までに到着すれば問題ないと仰せつかっております。それまでに金貨を使い潰し、王都でレベルを上げろと」

「王都で?」

「ここに魔物でも出るのか?! フーゴとやらは未来を読めるのだろう。なら……す……スタン、ピード……っ!」



 聖十郎がペストマスクの奥で気持ち悪い声を漏らした。肩を震わせて、うきうきした様子で鞘に納められた剣を握る。



「それはどうでしょう。私もそこまでのことは聴いておりません。ただ、この国は……いいえ。後にしましょう。まずは宿に荷物を置き、夕食の場まで案内します」



 目貫通りメインストリートから五分ほど離れたこの場所で、馬車が止まる。追従していた馬車が俺たちを追い越して行き、中に乗っていた人たちが手を振った。

 町が滅び、身寄りのなくなった彼らは一旦教会に保護されるそうだ。そこからまた、人生を再起させる。次こそは、平和に安全に暮らしてほしい。



「ここがこれより三日間泊まる旅荘です。王都でも屈指の高級旅荘と名高いこの場所は、私も一度フーゴ様に連れられてきたことがあるのですが、内装からサービス、もちろん食事まで超がつく一流です」

「――お待ちしておりました、ルミカ様。お荷物をお持ち致します」



 さっそく白塗りの輝かしいフロントから、これまた立派な服装を施したジェントルマンが複数人現れて荷物を運んでいく。



「部屋は各自手配してあります。そうですね、だいたい三十分後にフロントで待ち合わせしましょう」

「お客様、各種衣類とペストマスクの清掃も承っておりますがいかがでしょう」

「ふん。では部屋に着いたら頼もう。代金はルミカに請求しておいてくれ」

「かしこまりました。では聖十郎様、こちらへ」



 堂々と旅荘に踏み込んでいく小汚い格好のペスト野郎。話は聴いていたのだろうか。



「あいつ、大丈夫か……? なんか同じ団体だって思われたくないぞ」

「他人のフリしよ他人のフリ」

「それはいくらなんでも可哀想なのでは……」



 まあともかく、



「三十分後にここで集合ってことはわかった。さっそく部屋に行こうぜ。シャワーとかあるのか?」

「湯殿なら各自の部屋に備えられております。それとフーゴ様が各人にお洋服も用意させてあるそうですよ」

「へえ、そりゃいいや」



 こっちの世界に来てから何着か買って着回してはいるが、しっくりきたものはなかった。これだけ大きい王都で、しかも金持ってそうな四凶が用意してくれたモノだ。それなりに高価な物に違いない。



「それでは、ルミカ様。お客様方。お部屋までご案内させていただきます」



 そうして、俺たちは先導するジェントルマンの後をついていった。

 三十分後、またここで会おうと約束をして。


 それが、果たされぬ約束になろうとは、今はまだ、この場の誰もが予測できていなかった。

 


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