第五章 王都バルジルーン

033 王都へ

 四凶の一角、窮奇きゅうきのフーゴからの使者ルミカ。そんな彼女に先導される形で、俺たちは馬車に乗っていた。


 向かう先は王都バルジルーン。


 壊滅した町フィーナから約半日で到着する王都そこを経由して、俺たちはルミカを寄越した四凶が支配する国へ向かうことになっていた。



「フーゴ様は貴方様方三人とお会いにりたいそうです」



 御者として馬を操るルミカの表情は読めない。こちらに背を向けていることもあるが、彼女は上質なローブで顔を隠していた。

 よほど空気に晒したくない醜顔……というワケではなく、寧ろその逆。凛々しく大人っぽい顔立ちに宝石のような翡翠の双眸。ハリウッド女優を間近で見たような感じに近く、感動すらした。


 なぜ顔を隠す必要があるのか。それはきっと、美人にしかわからない苦労があるのだろう。



「おまえと違ってルミカは大変そうだな」

「む……? どういう意味かな、ユウキくん」

「いや、なんでも」

「なんだよぉー? 久々に会ってちょっと照れてるんだなぁ? かわいいなあ、ユウキくんはもぅ♡」

「うぜえ、離れろ」

「にゃはぁんっ♪」



 くっついてくる肩を肩で押し返しながら、俺は調整を終えた装備を隣のシスフェリアに渡した。受け取ったシスフェリアは、それを沈めるように胸元に押し込んだ。



「収納完了」

「もっと早く知りたかった機能だよ、それ」

「ん。今だからできることもある」



 つい数時間前に知ったアイテムボックス的機能。これで長旅も楽になりそうだった。



「まあ、フーゴに関しては俺も会っておきたいところだったからちょうどいい。話したいこともあるし、おっちゃんのことも報告しておきたい」

「アモンのことですか」

「アンタも知ってるのか?」

「はい」



 短く返事をして、ルミカは懐かしそうに言った。



「彼は、果敢にも私に挑んできた。実力差を肌身で知って尚、生きることを諦めなかった彼は尊敬に値する漢です」

「ほぅ。貴様ほどの猛者に挑んだのか、そのアモンとやらは」



 その語りに、俺ではなく聖十郎が興味を示した。

 双剣の手入れを終えたペスト野郎は、きれいになった刃に光を反射させ、満足気に鼻を鳴らす。



「懐かしい話です。五年も前のこと……それだけの時が流れれば、何もかもが変わってしまうのは当然か」



 憂の混じった声音は、追悼なのだろう。


 アモンのおっちゃんは、やはり手遅れだった。

 ユズキの応急処置はたったの数分間、侵攻を食い止める程度にしか作用しなかったそうだ。

 吸血鬼の毒に一度冒されてしまえば、もう諦めるしかない。


 あのエミネミですらどうすることもできなかったのだ。仕方がないし、手当をしてくれたユズキには感謝しかない。

 だから、彼が亡くなったことを、親交のあったフーゴに伝えるのは生き残った俺の使命だ思う。他にももちろん会いたい理由はあるが、今ではそれが一番の理由だ。

 


「一つ、訊いてもいいか?」

「なんでしょう」

「アンタ、来るの早すぎないか?」



 当初から思っていた疑問を投げかける。

 来るのが早い――即ち、救出速度の話。

 追従する二台の馬車には生き残った町民と、彼らを手当てする医療品や食料が相当数積み込まれていた。そんなもの、いくら四凶とはいえすぐに用意できるとは思えなかった。


 それに、フーゴの治める国には王都から約一週間かかる。王都からフィーナへは半日だ。どういう方法で魔王の大暴れを知ったとしても、対応が早すぎやしないだろうか。


 俺の疑問に、聖十郎も確かにと頷いた。

 ユズキはまだピンと来ていない様子だった。



「ごもっともな疑問でしょう。それに関しての情報開示はフーゴ様から頂いております」

「いや、待ってくれ。それに関しては二つだけ推測があるんだ。というか、このどちらかしかないだろ」

「それとは?」

「未来を視れるのか、そのフーゴは?」



 ここは異世界だ。俺らの常識じゃ測れないことも多々あるし、なんなら非常識だと思っていたことが現実としてある世界だ。なら、未来を視ることも不可能ではないはず。それを可能にするスキルだっておそらく、ある。



「半分正解です」

「半分?」

「はい。フーゴ様からの伝言があります。〝スキル『千里眼』はオススメだ、全員れ〟――と」

「……千里眼? それって遠くの景色を視認するスキルじゃなかったっけ? どうしてそんなものを?」



 ユズキの疑問ももっともだが、四凶と呼ばれる人間の、おそらく異崩人エトランゼだと思われる人物の言伝だ。なにか意図がなければそんなことをルミカに頼まないだろう。



「大方、皆様が思っているような千里眼の効力は本領ではありません」

「遠くの景色を視る以外に、効果があるの?」

「千里眼には上位スキルが幾つかあります。例えば数秒先の未来を読み取ることができるスキル『千里眼・先』は、一定以上のレベル帯で戦うには必要なスキルだと言えるでしょう」

「数秒先の未来を……見聞色の覇気――!?」

「おまえの言いたいことはわかるが、いろんなところから怒られそうだから黙っててくれ」



 さておき、数秒先の未来を読み取ることができる、というその効力は確かに強力だ。戦闘において必須スキルになるのは明白で、ルミカの言った〝一定以上のレベル帯〟とは――つまり、四凶クラスやそれに準ずる相手と戦うにはそれが前提での戦いとなるはず。

 

 思えば、第三位魔王アドルフォリーゼと戦っていた時、こちらの攻撃はことごとく回避されていた。まるで先を読まれているかのごとく。それの正体が、その『千里眼』によるものだとしたら納得だ。



「じゃあ、フーゴが持ってるのはその千里眼なのか?」

「もちろんそれも習得しておりますが、もう一つ……フーゴ様には特別な千里眼をお持ちなのです」

「もったいぶらずに言うがいい」



 チラリと、刃を光らせる聖十郎。こいつはきっと――馬鹿だ。

 下手すれば殺されても、あるいは馬車から突き飛ばされてもおかしくはないところだが、そこは大人の余裕を見せつけて、ルミカは続けた。



「フーゴ様がお持ちなのは、未来ではなく〝過去〟を視る力」

「過去……?」



 首を捻るユズキ。俺も同様に首を傾げた。それを真似るように、シスフェリアも首を傾ける。



「過去を視て、それでどうなるってんだ?」



 後ろを振り返らない主義だから、俺にはそれのメリットがよくわからない。同じくと、ユズキとシスフェリアが頷く。



「ユウキ様。未来とは、いったいなんでしょう?」

「あー……そういう言葉遊びっていうか、哲学的なのは苦手だ」

「ではユズキ様」

「んーと、行動の積み重ね?」

「否、予測の連続だ」



 あざとく唇に指を添えたユズキを両断するかのように、聖十郎が割って入った。それに対し、ルミカは肩口から笑いかけた。



「正解です、聖十郎様」

「ふん……当然だ」

「むっかぁ……! あいつ、絶対いつか報われる日が来るよ……!」

「報われてどうするんだよ。幸せになりそうだな、あいつ」

「因果れ、セージューロー……ッ!」



 念を込めて手を合わせるユズキを無視して、ルミカに続きを促す。



「要は過去を知れば未来を知れる、ということ。実際に視なければ理解するのは難しいかも知れませんが、フーゴ様は過去を知ることによって未来に起きる出来事を予測しているのです」

「それは……」



 頭の悪い俺では言っていることの意味をうまく理解できないし、仮にその千里眼を持っていたとしても、未来予知なんて芸当できるとは思えない。

 

 だが、隣のユズキだけは違うようで、瞬く間に表情の色を変えていった。

 傍から見ても変わらない、些細な変化。けれど、視る人が視ればそれは、歪められているようにも視えた。



「詳しくはフーゴ様からお聞きになってください。私も、完全に理解しているわけではありませんので」

「そっか。わかった、あんがとな。――ってことで、ともかくおまえらは採っておいた方がいいんじゃないか? その千里眼スキル」



 俺はスキルポイントの返済を終わらせないと習得できないからな。未来を読めるようになるのは、まだ少し先だ。



「それともう一つ、フーゴ様から伝言が」

「なんだ? もしかしてシスフェリアのことか?」

「いいえ。〝おまえはポイントで習得しなくいい。借金返済に充てろ〟と」



 ……どういう意味だ?

 いや、きっとこれも、言葉通りに受け取ってはいけないはず。


 ポイントで習得しなくていい――この部分が異様に引っかかる。いや、まさか。



「……それにしても、俺が借金地獄だってことも知ってるのか」

「笑っておれましたよ。ユズキ様に借りたお金は、望めば貸し付けてやるとも」

「それはいいや。こいつより得体の知れない野郎だ、何されるかわからねえ」

「………」

「……、……」



 こいつは一体、過去になにやらかしたんだよ。

 爪先を噛みながら何か真剣に悩んでいるユズキ。しばらくは様子見に徹しようと思う。

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