007 鬼喜
「——■■■ォォォッ!」
やがて姿を現したソイツの風体は、一言でいえば〝鬼〟だった。
分厚く引き締まった赤黒い巨体は見るからに強靭にして堅牢。
手には道中、数多の生物を屠ってきたであろう丸太を抱え、闘志ほとばしる
「――っ」
ヤツの瞳孔に捕らえられたその瞬間、真上からロードローラーを落とされたかのような威圧感に襲われた。
「ハッ……
俺が戦ってきた中で間違いなく一番強かった相手とヤツを比べて、失笑する。
比べ物にすらならねえ。
もし彼とヤツが相対すれば、ゴングが鳴ったその瞬間に勝敗が決すだろう。
それほどまでに圧倒的な脅威。
全身の総毛が逆立つほどの危機感が、ガンガンと全身を震わせた。
加えて、
「何が恐ろしいって、おまえ……どういうことだよ」
信じたくはないし認めたくはないが、感じ取ってしまったのだから仕方がない。
ヤツの爪先から頭まで、余さず溢れ出る闘気は――いや、瘴気は。
「どういうことかはわからねえし、考えると死んじまいそうだな」
手に握る大鎌から溢れる紫色の猛毒。
それと同じモノを、どうしてアレが内包し纏っているのかは、今はどうでもいい。
考えるのはあと――アレを
「オーガ……レベル300!? む――無理よ、そんなの今のあなたが太刀打ちできる相手じゃ――逃げてっ!」
「―――」
上空からの絶叫と同時に、鬼――オーガの姿が消えた。刹那、俺の真横に立っていたソイツの左腕がブレる。
衝撃。
気がつくと、俺の視界は真っ赤に染まっていた。
「――……気がついた? この、ばか……心配させないでよね」
「……ユズキ」
呆れと心配が入り混じった声。俺を庇うようにして、表情を歪めさせたユズキがそこに立っていた。
俺は……
「俺は、いつから
「ざっと五分……かな。そんなのどうでもいいから、逃げましょ――ヤツが来るわ」
ユズキの言葉通り、視界の奥で影が瞬いた。
進行方向上の木々をもろともせず薙ぎ倒して、赤鬼が迫る。
「
「まだ寝ぼけてるの!? しっかりしてよバカ!」
冗談めかした俺へ、ユズキが怒鳴る。
「怒鳴るなよ。俺はいつだって本気だぜ? 知ってるだろ」
「ワンパンされたくせに、バカなの? それときょうが初対面なんだけどっ!」
「そう怒るなよ。せっかくの顔が台無しだぜ」
「うるさーい、ちょっと黙ってなよ。傷口開くよ?」
無理やり俺を立ち上がらせ、逃げる態勢を整えたユズキが驚いたように振り返った。
上空より、豪雨のごとく黒と白の魔弾が降り注ぐなか、オーガは全身を使ってそれらを弾き、防ぎ、殺しながら十数メートル先まで到達していた。
「どれくらいの間、足止めできる?」
言葉を発しながら飛び出た血を眺めながら、俺はユズキに訊いた。
「答えないわよ。あなたが何したいか、手に取るようにわかるんだから」
「はっ……距離感バグってるおまえが何言ってんだよ」
「そ、それはよく言われるけど……っ」
「わかってるなら少しは身を引けよ。さっきから巨乳があたってる」
「!?」
反射で出た行動なのだろう。いろいろと瀕死な俺は突き飛ばされ木に激突。一瞬だけ意識が飛んで、むせる血反吐によって覚醒した。
「う、げ……ッ」
「だ、大丈夫……?」
「じ、時間……稼げる?」
「う……っ」
瀕死な俺を死の淵へと突き飛ばした罪悪感からか、ユズキは顔をしかめた。
「死ぬ気でがんばれば、二〇分はいける……と思う」
「な、るほど。なら十分だけ頑張ってくれ」
「ば――馬鹿、やっぱりバカ! ワンパンでそのザマのくせに、まだ戦おうとしてるの!? 死にたいの!?」
叫び散らかすユズキの声量が傷口に染みる。
確かに、彼女の言う通り今の俺では勝機は薄い。というかほぼないだろう。
あの悪鬼羅刹から二人で逃げるのは簡単だ。ユズキの転移魔法がある。
しかし、
「死にたくねえよ。死ぬ気で挑むなんてアホのすることだ。何事も生還前提、神風なんてクソ喰らえ」
「じゃ、じゃあ……どうして」
俺は無視してステータス画面を開いた。
ユズキの言う通り、だいぶレベルが上がっているようだった。それと同時に、スキルポイントがたんまり。
「こんな時にレベルの確認? どう目を擦ったって、300オーバーのアレと差は――」
「スキルを取る」
「スキル……?」
スキル獲得画面に移動する。
しかし、飛んだ先にあったのは《検索欄》と《申請》という二文字だけ。
「強力なスキルを習得すれば、確かに差を縮めることはできるかもしれないけど……でも、それは比較的近いレベル同士の場合であって……」
「ちょっと黙れよ」
「——んなっ!?」
申請……ってのはよくわからないが、とりあえず検索欄に《集中力》と入力した。すると、予想通りお目当てのスキルが出てきて、俺はそれをタップした。
「わ、わたしはあなたのためを言って……!」
「ほかのヤツができねえからって、どうして俺もできねえって決めつけるんだ」
「それは……」
「俺ならできるかもしれねえだろ。有象無象と一緒にすんな。俺は
世界から見たら、まだまだちいさな
それでも俺は王者だ。
人生懸けててっぺん目指した漢たちを押し退けて、俺はその称号を掴み取ったのだ。
元より、背負っている想いも覚悟も違う。
「信じてるのは俺だけ。最後に頼りになるのも俺だけ。一番好きなのも、一番カッコいいのも俺だ。俺がやれると言ったんなら、やれるんだよ。雑魚と一緒にすんな」
「―――」
「そして何より、やられっぱなしは性に合わねえし許せねえ」
「それだけ……それだけの、ことで……」
「俺には、それがダイヤモンドよりも価値のあることなんだよ」
「……!」
絶句してるのか、言葉を選んでるのか。
俺にはわからないが、かまわず指を滑らせる。
時間がない。
視界の隅で、オーガが魔弾の結界から抜け出る瞬間が見えた。
咆哮を上げ、地を踏み砕きながら、大した傷を負っていない血色の怪物は俺たち目掛けて疾走する。
もうヤツを食い止める障壁も邪魔者もない。
あと数秒もすればオーガに殴殺されてしまうだろう。
けれど、俺は一瞥だけヤツに送ったのちに、新たなスキルを模索する。
相手にする必要はない。
今はまだ。
「――自意識過剰」
「ナルキッソスも俺に恋するほどだからな」
何故なら——。
「……でも、カッコいいよ」
「そりゃどうも」
俺は、彼女を信じていたから。
絶対にノってくれる。
ここまできて、断るようなノリの悪い女ではないと、なんとなく思ったから。
「十分だけ時間稼いであげる。だから、ユウキくん……あなたがアレを倒してよ」
「任せろ」
短く答えて、俺のそばからユズキの気配が消えた。
ついで、轟音と衝撃波が俺を突き抜ける。
「ちくしょ、もっと離れたところでやってくれよユズキ……余波で死ねる」
冗談ではなく本気で。
そんな声も届かぬほどにオーガと死のやりとりを繰り広げるユズキ。
そんな彼女に感謝して、そして彼女の信頼に応えるためにも、俺は霞む視界を見開く。
「なんとなくわかった……要はアレだろ。引き出しの多い方が強いってことだろ」
ある程度望んでいたスキルを獲得したのちに、俺は《申請》の文字をタップした。
現れた自由記述欄。
そこへ、俺は指を滑らせる。
レベル差は絶望的。体力も残り少ない。気力は十分とはいえず、体調も最悪だ。
こんな状態でオーガとやりあうのは自殺しにいくようなもので。
勝機はほぼゼロ。
どれだけカッコつけたことを宣っても、それが現実なのだ。
たとえば、ヤツが致命的な隙を見せてくれでもしなければ、俺は確実に死ぬ。
「ハハッ……俺、まだ異世界初日だぜ? もっと満喫させろよ」
猫耳とかエルフとか盗賊に襲われてるお嬢様とかスライム娘とかサキュバスとか世間知らずのお姫様とか娼婦とか。
どうしてそういうお約束をガン無視して、俺は死にかけてるんだか。
夢なら早く醒めてくれ。
あるいは、この世界を創った神様よ。
「居るのか知らねえけど、これ終わったら埋め合わせしてくれよ。マジで」
美少女女神の求愛でも寵愛でもなんでもいいから、マジで頼むぜ。
『申請中――申請中――…………抽出、受理されました。10000ポイントを消費して固有スキル《
一万? は?
マジかよ……!
どっと冷汗が伝う。心臓がバクバクと音を立てて笑った。
ふざけんな――
そんな大量のポイント持ってるワケねえだろ。
『スキルポイントの前借りが可能です。実行しますか?』
「マジか。ラッキー」
追加であらわれたそのメッセージに、俺は迷うことなく実行ボタンをタップする。
危ない。怒りで死ぬとこだった。
なんとか呼吸を整えつつ、俺はステータス画面の次の動きに注目した。
『7778ポイントを獲得しました。以降、獲得した7778ポイントは自動的に返済に充てられます。
――固有スキル《
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