008 柚月

「――お見事」



 賞賛とともに倒れ伏したその男は、三ヶ月前にわたしをこの世に呼び出した錬金術師。


 ……いや、三ヶ月だっただろうか。


 体感的にはまだ三ヶ月と少しだけれど、本当はもっと長いことこの世界に滞在していたのかもしれない。


 それはきっと、この《箱庭》が時間という概念をくるわせているから曖昧になっているのだ。


 

「ありがとう。そしてお世話になりました、師匠。わたしはきっと、偉大な魔術師になりますから」



 有無を言わぬ遺体と、そこらで散らかっている六人の死体。


 世にまだ出ていない、才能ある人間のことをたしか伏竜ふくりょうやら鳳雛ほうすうやらと例えるらしいが、わたしがつい先ほど殺した七人はその類の魔術師だった。


 趣味趣向が一般的に疎まれる類ゆえに陰でこそこそしなければならなかったが、その実力や蓄えた技術、知識は一流のそれ。


 わたしにふさわしい、一級品のはぐれメタル。



「さあて、これで不安はなくなったかなぁ。予想どおり師匠たちのおかげでレベルは200を超えたし、師匠が残してくれた魔術もある。これで思いっきり異世界を満喫できるよ~」



 わたしは慎重だ。


 決して油断はしないし自分を過信しない。


 自分という女を信じて試した結果は、惨憺たる結果しか見たことがない故に。


 わたしは慎重に行動する。万全を期す。石橋師匠叩いて蹴って叩いて蹴って、さらに叩いて蹴って死亡安全を確認する。



「Victory Loves Preparation周到な準備が勝利をもたらす



 いつか見た映画に出てきたこの言葉は、わたしの生き方を表しているようで大好きだ。


 

「……でも。こんな粗暴なところ見られたら、コブラくんに嫌われちゃうかも」



 日本に残してきた愛おしい彼のことを思い出す。


 まだ付き合って日は浅く、手すら握ったことはないけれど。


 ずっと憧れていた彼とお付き合いするなんて、とても夢みたいで。幸せで。



「癖になっちゃうとよろしくないよね。えとえと、たしかあまり強い女の子も男子からしてみると引いちゃうって聞いたような……アニメではそんなことないのにね」



 男ってプライドだけは高いから。これはきっと偏見じゃないと思う。


 要は男の生き様とか見せ場とかそういった問題だろう。仮に、彼女が不良に絡まれていたとして。それを助けるのが男の役割であり当然の王道ではあるけれど、まかりまちがって彼女に窮地を救われたとなると悲惨だ。


 とうぜんプライドを傷つけることになるだろうし、守ることに愛を見出したい男にとって、その庇護対象に守られるというのは屈辱以外のなにものでもない。



「でもまあ、この世界に居る限りはどうでもいっか」



 だって、わたしにはコブラくんがいるから。彼以上に素敵な男性は、たとえ異世界であろうと存在しない。浮気はよくない。よくないよ。絶対。


 彼の前だけでは、可憐で弱々しい女の子を演じていれば、何も問題はない。



「――じゃあね、師匠。これも全部もらっていくから」



 師匠の集大成。いいや、みんなの集大成とでもいうべきか。


 

「全部全部、有効活用してあげるからしっかり成仏してよ。安心して、わたしはきっと誰にも負けないくらい強くなるから」




 *




「――■■■――ッッ!!」


「くっ―――」



 音を置き去りに振り抜かれた拳は、直撃こそしなかったがその計り知れない威力から発された余波でわたしのちいさな体は宙を転がる。


 あとすこし、飛翔するタイミングを間違えれば死んでいたかもしれない。


 つぅと冷汗が額をなぞる。予想外すぎる怪物の襲来に、わたしは終始心臓を握られている気分だった。



「こんなの聞いてないよ……っ」


「■■ッ!!」



 とてつもない瞬発力をもって跳躍し、一瞬にして距離をつめてきたオーガ。間髪入れず障壁を展開、つづく丸太による唐竹が障壁ごとわたしを地上に叩きのめした。



「がはッ」



 血反吐。


 女の子が出しちゃダメでしょ、そういうの。


 

「しょ……しょうが、ないん……だから」



 本来なら引き受けない仕事。慎重な性格に定評のあるわたしが、どこか俯瞰したところで言った。



「性に合わない……ってね」


「フ――シュぅ……ッ」


「はは……片耳ぶっ飛ばしてやったわ……」



 地面に着地したオーガは、すぐに追撃することはできなかった。理由は明白で、オーガの攻撃に合わせて、ヤツの右耳を撃ち抜いてやったのだ。


 本当なら顔面の半分をいただく予定だったけれど。


 蝿なみの反射神経に助けられたようだった。



「■■■■」



 荒い息に混じって、オーガが何か言っている。あいにくと言葉は通じない。けれど、なんとなく相手の言葉っていうのは伝わってきて。



「……さあて。どうかしらね」



 どうやら、わたしは随分と彼がいる場所から離れてしまったらしい。


 索敵スキルにも、周囲一キロ圏内に人どころか魔物の気配すらない。



「これでも一生懸命のつもりなんだけど」



 自動治癒のスキルが働いて痛みがやわらいでいく。とはいえ、万全とは程遠い。



「わたしは時間稼ぎが仕事だから――それ以上のことをする気、ないの」



 だって、そうでしょう。


 

「男が死に際に言ったのよ。任せろって」



 俺ならやれるって。


 なら信じて待つのが女の務めで役割で。



「あまりでしゃばるとほら、モテないから――」


「――■■■ッッ!!」


「ぐぼっ」



 丸太が障壁を食い破って脇腹を振り抜いた。


 わたしじゃなかったら死んでるな、これ。


 激突し、へし折れた木の下で自嘲気味に笑う。


 視界の向こうで、オーガが踏み込んだ。


 数百メートルもある距離を、瞬く間に詰めてくる。


 死にそう。


 ああ、死にたくないな。


 こんなところで死にたくないな。


 釣り上がる唇。



「■■――ッ」



 疾走の勢いを殺すことなく攻撃に転じるオーガ。


 頭上より振り上げられた丸太が、わたしを圧殺せんと唸った。


 

「―――」



 そんな光景をしかと見つめながら、わたしはゆっくりと息を吐いた。


 

「――えへ」



 ついで、紡ぎかけた祝詞のりと



「もう十分経った?」


「馬鹿野郎、頑張りすぎだろおまえ」



 埒外の威力を孕む丸太の一撃が、地面を砕く。


 飛び散る礫が頬を打つ。

 

 痛い。


 けれど、そんなことはもうどうでもいい。


 

「よう、待たせたな。第二ラウンドと行こうぜ」


「―――」



 そんなキザったらしい言葉とともに、振り上げられた大鎌の一閃がオーガを後方へ押しやった。


 続け様に彼――ユウキは地を蹴って、オーガへと特攻していく。


 つい数分前に致命打となった一撃よりもさらに上質でいて禍々しい一撃を、彼はわたしを守ったように受け流した。



「なるほど……道理で、周囲に魔物の気配がないわけね」



 明らかに先ほどまでとは違う動き。


 絶望的なまでのレベル差があるはずなのに、互角に渡り合っている理由はすぐにわかった。



「わたしを助ける前に、魔物を狩ってレベル上げしてたなんて……ほんと、呆れちゃう」



 《鑑定》の結果、思わず苦笑い。


 Lv.220――恐るべきは、その成長速度。


 十分足らずで100以上もレベルを上げるなんて、尋常ではない。


 それに、彼が獲得したスキル等々の熟練度。


 スキルポイントを消費して数値を上げていくことができるそれらは明らかに、Lv.220まで獲得できるスキルポイントの総数では、上げることができない域に到達していた。


 ほかにも――



「んーにゃ……まずは見守ってやりますか」



 惚れ惚れしてしまう激闘の末を、高いところから。


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