009 救援
対等にやり合えている。得物と得物がぶつかり、凄まじい衝撃波が全身を駆け抜けていくさまを横目に、俺は尋常ではない堅牢さを誇る丸太に
わずかに後方へ下がるオーガ。技術もクソもない、ただの力勝負に軍配を見出せた。自然と深まる笑みのまま、俺は追撃を仕掛ける。
「っらぁぁぁッ!!!」
「■■■ッ!!!」
咆哮と咆哮が重なり、交わった得物を伝って衝撃が俺の両足を粉砕する。が、態勢は崩れない。それどころか体感のブレもない。砕け皮膚を突き破った骨が、逆再生していくかのように皮膚の内側へ戻っていく。
続く二波が大鎌を握る腕と手首を、三波が食いしばった歯と爪をむしり取っていく。
けれど、俺は痛みを斬撃に変えてオーガへ
「———ッぁぁぁァァッ!!!」
「■■■■■ッ!!?」
もはや樹木とは思えない頑丈さの血ぬれた丸太が、半分に断たれる。
流水を切るかのごとくなめらかに。そこに一切の淀みはなく、また抵抗もない。
切れるべくして切れたかのように、そして――
「予想通り、おまえに彼女の
うすく赤黒い肌に開かれた切り傷。
未だ格上の相手に傷をつけた。その歴とした事実が、俺を更なる高揚感へ高めていく。
「どういうワケかなんて訊かねえ。むしろ歓迎してやりたいよ」
もとより同じ
ただ、安堵したのも事実で。
その単純な答え合わせの結果、こちらが一撃で仕留められるという淡い期待は裏切られ。
また、恐れていた可能性もなくなった。
故にここから先は、単純な力量と力量のぶつかり合い。
技術や運、経験、度胸が織りなす完膚なきまでの実力勝負に、偶然などといった無粋が入り込む余地はない。
「おまえのためにこしらえたんだ。存分に喰らってけよ、ブラザー」
「■■■■■―――■■■■ッッッ」
一際いびつな魔咆を轟かせ、オーガはふたつに折れた丸太を双剣のように唸らせた。
*
「――ええ。あの周囲一帯は森だったんです。自然豊かで、色濃い緑がずぅっと奥まで広がっていました。王国が誇る大自然で、極めて重要な資源の一つでした」
後に――救援に来た元B級冒険者は、その同時のことをこう語った。
「鬼と竜がいました。ええ、二匹の怪物。それがあの森を更地に変えたんですよ」
*
「なんだこの夥しい数の魔物の死骸は……」
C級冒険者のアモンは、《フィーナ》の町長より送られてきた救援信号に駆けつけた救援隊の一人としてこの場を訪れた。
以前……確か一週間前に訪れた際にはまだ、深緑のエメラルドに染まった豊穣の森がそこに広がっていた。将来、引退後はここに隠居してもいいなと密かに決めていたその場所が、今はどこにもない。
「町から魔物の死体を追ってここまで来たが……一体全体、何が……どうして」
「アモン、生存者を見つけたぞ!」
「せ……生存者だと!? 二人とも見つかったのか?!」
「ああ、二人だ! 生き残った衛兵の情報通りな二人だぜ!」
更地となった向こう……かろうじて被害を免れた木々の奥から同僚の冒険者と、生存者を乗せたであろう馬車が走ってくる。
「二人ともひでえ傷を負ってる! すぐに施療院へ運んでやらねえと――」
「――ラカン、横だッ!!」
「へ? ぎゃあああ――」
馬車を先導していた同僚のラカンを、横から
ゴリ、ガリ、ゴリ――骨を噛み砕く音を奏でながら喉の奥へ飲み込まれていく同僚の姿に、アモンは目を見開いて絶句した。
ラカンを胃に収めた首の長いそれは、次なる標的を走る馬車へと定めた。
「キュエエエエエエエ……ッ!!!」
「わ――ワイバーン……っ!? A級の魔物がどうしてここに……!?」
ドラゴンの劣化種と呼ばれるワイバーンは、獰猛な顎門から火をチラつかせた。喉奥にて迸る魔力光は、灼熱の赤。
「ドラゴンブレス……! マズい、避けろぉぉぉ!!!」
「―――ッ!!!」
アモンの悲鳴にも似た絶叫も虚しく、口腔より放たれた
「ぎゃ?」
「は?」
ワイバーンとアモン、その両者がほぼ同時に首を捻った。
馬車を飲み込んだはずのドラゴンブレス。しかし、馬車は何事もなかったかのようにブレスの射程距離を抜けていき――
「レスト・イン・ピース」
「―――」
天上より、太陽の光を覆い隠して人影がうごめく。
ワイバーンのちょうど頭上に、いつの間にか現れたその影は、片手で手繰る大鎌をきらめかせて刹那――着地とほぼ同時にワイバーンの体が左右に倒れた。
「な……な……な」
「全身複雑骨折なうえに粘液まみれだが、大丈夫だおっさん。まだ生きてるしまだ生きられる。俺が助けてやる」
「う、嘘だろ……ラカン……っ!?」
あの一瞬。
わけがわからないことに、今しがた舞い降りた少年は。
ワイバーンを一刀の元に両断したついでと言わんばかりに、喰われたはずの同僚をも救い出してみせたのだ。
少年の言葉通り生きているのだろう。見るからに絶望的な状態には変わりないが、それでも何故だろうか。
あの少年が生きられると言った。
ただそれだけのことで、全幅の信頼感を得てしまった。
「ユウキくん、あまり無茶しちゃだめだよっ! まだ万全じゃないんだからっ」
「俺の心配よりおっさんを助けてやってくれよ。俺を嘘つきにさせないでくれ」
「だから、わたし治癒魔法は使えないんだって……。ポーションも数少ないし」
「また作ればいいだろ、ポーションなんて。錬金術もかじってんだろ?」
「じゃあじゃあ、素材集め手伝ってくれる?」
「おっさん助けたらな」
「うん。たすける」
あまり乗り気ではなかった少女がモジモジしながら治療に取り掛かり、会話を終えた少年がアモンの存在に気付く。
アモンは、嬉しさやら畏怖やらの、ごちゃ混ぜとなった感情をぶちまけながら少年の手を取って両膝をついた。
いい歳したおっさんが何泣いてんだよと、思考の隅に湧き上がったが捨ておく。
ただただ、今は彼に感謝を。
「ありがとう……ラカンを助けてくれて……っ」
「あ、ああ……いや別に、大袈裟ですよ。そんな礼を言われるほどじゃ……」
「あの野郎は、先日オレの妹と式を上げたばかりで……腹の中には子供だっていて……」
「……助けてやれて、よかったですよ。ほんと」
「だから……だから、ありがとうございます……っ!!」
彼は、間違いなく英雄になるだろう。
この町を救ったことのみならず。
この世界の――アモンは、彼の手を握った瞬間にそう……強く感じた。
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