006 取捨
『――が、戊、ボぼ』
サイクロプスの繰り出した大振りの一撃は、寸前まで俺が立っていた地面を砕き、小さくはない振動を引き起こした。
次いで、間髪入れずおおきな揺れが後を追った。サイクロプスの三メートル以上もある巨体が、地面に倒れたのだ。
『レベルアップ! Lv.28→Lv.38』
脳内に響くファンファーレと機械音声。
逆袈裟に振り抜いた大鎌をそのままに、俺は一息で近くのオークに躍りかかる。
『レベルアップ! Lv.38→Lv.42』
『レベルアップ! Lv.42→Lv.45』
『レベルアップ! Lv.45→Lv.47』
次から次へと、無我夢中になってオークを切っていく。
たった一度だけ攻撃を当てればいい。当てれなくても、防がせればいい。
一体に長居はせず、ヒットアンドアウェイを軸に動き続けた。
派手さに欠ける戦法で、とにかく拳を叩き込みたい俺とは正反対のスタイルだがそんなことを言っていられる状況じゃない。
これは、ボクシングではないのだから。
『レベルアップ! Lv.47→Lv.50』
忘れる。捨てる。削ぎ落とす。あるいは、昇華させていく。
ボクシングのセオリーや技術、学んできた数多くのことを削いで最適解を探す。
どう動けば、効率よく
『レベルアップ! Lv.50→Lv.55』
まだ遅い。まだ鈍い。まだ違和感がある。完璧とは程遠い感触。
『レベルアップ! Lv.55→Lv.61』
肉圧に引っ掛かるのは、ただ単純に俺の技量不足。
もっと上手く
もっと速く、彼女を届かせたい。
火照り汗ばんだ体とは裏腹に、脳だけは冷水のように冷たく、思考は焼き切れんばかりに稼働する。
身に染みた
徹底したPDCAサイクルを、さらに削ぎ落とし最小限に留めて――
『――Lv.80』
「わお、ちょっと見ない間にレベル爆上がりしてるじゃんっ」
気がつくと、随分と町から離れた場所に俺は居た。
周囲には数えるのすら億劫な魔物の群れが広がり、付随して雨足は強く視界を奪う。
「もうこの世界には慣れました、って顔してるよ」
「馬鹿いえ、今にも緊張で崩れ落ちそうだ」
「戦い慣れしてる感じするけど、
「ちょっとばかしな」
ほのかな体温と重みが背中にくっつく。
黒と白の長い髪を左右に結ったユズキは、町を出て行った時とおなじく楽しそうな表情で俺を見遣った。
「でも、嬉しいな。こうやって背中を任せられる相手、そうそう居ないから」
「俺単体の実力というより、
「武器を彼女呼ばわりとかちょー厨二っぽいねっ」
「うるせえ」
迫る魔物を斬り伏せる。周囲では、黒と白の織り交ぜられた魔弾や砲撃が数多の魔物を圧倒していた。
「おまえのその髪色のほうが厨二っぽいだろ。あれか、異世界デビューってヤツか?」
「ち、ちがうよ向こうでもこの髪色だったし!」
「へえ。なるほど、おまえ友達いなかっただろ」
「んな――っ」
核心を突いてしまったのか。この環境下でもわかるほど、ユズキの顔は真っ赤に染まり、魔法の威力も激しさを増した。
「そそそ、そんなワケないでしょ友達百人いたし! そもそもの話、友達は数じゃないのよ質なのよっ! 来世でも友達になりたいって思った人が三人いればそれでいいのよっ」
「どうせアレだろ。同性いないだろ、おまえの友達に」
「――ど――どうして、……!?」
どうしても何も、距離感
多少イタいとこなんて目を瞑れるし。最近なんて、オタク文化が浸透しているから、話を合わせられる顔のいい男はそこらへんに沢山いる。
俺とか。
俺とか。
「もしかして、ユウキ……心を読む系のスキルを取ったの!?」
「そんな無駄なものにスキルポイント使うかよ」
「まさかの搭載済み!? きょう穿いてる下着の色までバレちゃってるのわたし!?」
「黒か白だろ」
「ぎゃあああああああああっっ!!?」
絶叫を聞くに、適当に言った色のどっちかが当てはまっていたのだろう。
ヤケを起こしたかのように魔物にあたるユズキのおかげか、周囲の魔物の気配は確実に減っていた。
あともうひと頑張りで魔物を殲滅できる――そう意気込んだ刹那。
「「!?」」
突如現れた気配に、俺とユズキは弾かれるようにしてその一点を見つめた。
なにか、来る――。
強烈な闘気。明確な殺意を湛えて、何者かがこちらへ迫ってくる。
気配を隠すこともなく、俺に気付けよかかってこいと言わんばかりの
「この気配……魔物? でも、こんなの感じたことない……っ」
さっきまでの表情とは打って変わり、真面目な顔つきのユズキが喉を鳴らす。
レベル百越えの彼女ですらこの有様なのだ。お相手さんは、サイクロプスやオークとは別格だろう。
これまでのようにはいかない。けれど、
「周囲の魔物は任せたぞ、ユズキ」
「ちょ……ちょっと、なに先輩面してんのよ。そういうのは、わたしの役目でしょ」
「ちがう、男の役目だ」
言って、
「だから、背中は預けたぜ。ユズキ」
「むむっ……」
ちいさく唸って、ユズキは肩をすくめた。
「いいよ。ノってあげる。わたしはノリのいい女だからね」
「おう」
「でも、注意して」
チラリと、そこで初めてユズキは俺の手に握ったソレを見遣った。
「いくら武器が強くとも、レベル差はそう簡単に埋まるものじゃない。過信しないで、それ……なにかおかしいから」
なにかおかしい。
意図的に
まるでそこに足場でもあるかのように、否――背に翼が生えたかのように、彼女は制空権を握った。
「背中は守ってあげる。だから――勝ってよねっ」
「ああ――たとえ」
勝ち目がなくとも。
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