第三章 羽化登殲

021 残骸の群れ

——それはまるで濁流のように。


 

「ヒィぁぁぁああああッ!!?」


「誰か、だれか助け——あああああああ!?」


「ヤダヤダヤダヤダ、やめて食べないでエエエエエエエ……ッ!!」



 死者の群れが生者を喰らう地獄の楽園じみた様相が、そこに顕現していた。


 

「な……あ、これ……どうなって……」


「——ゾンビだな」



 目前の光景を目にして尚、冷静な聖十郎は錆びた双剣を握り直す。



「ウイルスか、吸血鬼の出来損ないか。あるいは寄生虫の類かは知らんが、どっからどう見てもアレは死んでいながら動いている。そして見ろよ。食われた連中が、同じように生者を襲っている。あれをゾンビと呼ばずなんという」



 喫茶店のマスターだった男が、女性の肩に齧り付いている。その足元では、ピクピクと体を震わせた幼い少女がギョロリと目を剥いた。


 こちらに焦点を合わせたその瞳は、血走った鬼の形相。


 人間ではない——ましてや、魔物ですらない。


 直感が、この世の摂理が謳っている。



 あれは、魔族だと。



 我ら人間種の駆逐対象であると。


 殺せ。殺せ。殺せ。


 それがこの地のルールだと、何かが訴える。



「ふざけろ……ッ」



 もそもそと緩慢な動きで起き上がる少女が、不安定な重心のまま地を蹴った。


 まるで地獄の底で囚われた獣がごとく奇声を発して牙を剥く少女。理性のカケラもない、その隙だからの突進を前にして、俺は強く唇を噛み締めた。



「……お見舞い、来てくれてありがとな」


「———」


「すぐ、楽にしてやるから」



 スッと、糸の切れた人形のように動きを止める少女。数瞬後、彼女の首が胴体と分かれ、地面に転がった。



「ふざ……ふざ、けんじゃあねえぞ……誰の仕業だこれはよォ……ッ!!」



 こちらの存在に気がつき、猛進する二人のゾンビを少女と同じように首を刎ねながら、叫ぶ。


 この町のどこかにいるであろう輩に。


 この惨劇を生み出した張本人へ、俺はここにいるぞと布告する。



「出てこい、ぶっ殺してやる……ッ!!!」



 疾走を始める。


 目貫通りメインストリートを駆り、ゾンビと化した人々を弔いながら、敵を探す。



「ま、待ってユウキくん……っ」


「無駄だ。今の彼に、静止の声は届かない」


「あんた新キャラのくせにユウキくんの何を知ってるのよ……!」


「男にしかわからんこともある」


「うざ。ともかく、生存者が優先でしょう!」


「なら二手に分かれたほうがいい。ユウキのことは我に任せよ」


「あんたに任せられるかっ!!」


「おまえら二人とも生存者探しだ」


「「……はい」」



 殺気立つ俺の一言に、二人は項垂れた様子で散った。


 一人になった俺は、家屋の屋根に飛び移って時計台を目指す。


 闇雲に探し回っても埒が明かない。この町で一番高いところから、俯瞰して探す。


 

「『宿地』」



 スキルを発動させる。瞬間、数百メートルもあった時計台との距離が一瞬で縮まる。


 時計台のてっぺんに立った俺は、周囲を見渡した。


 鉛色の空に黒煙が立ち込める。燃える家屋。その横を、死人が獲物を求めて這い回っている。


 生ぬるい空気とは裏腹に、冷たい風が俺の頬を打った。



 ——剣戟の音が聞こえる。



 死者の叫声と悲鳴、崩れ落ちる建物に混じって、一際鋭い剣戟の音が。



「そっちか」



 東の方角。たしか噴水があったその場所から、剣戟の気配を感じた。


 よくよく見てみると、ゾンビの群れはその方角に向かって進んでいるようにも感じる。


 引き寄せられているのか——あるいは。

 


「数が尋常じゃないとはいえ、ゾンビなんて雑魚だ。おっちゃんたちなら生存者の避難をしながらだって、戦えるはず。それができていないってことは……」


 

 沸々と煮えたぎる怒りを抑えて、俺は時計台の上から飛んだ。


 そして見えた光景に、



「——て———めえええええええええええええッッ!!」



 俺は怒りを爆発させた。


 

「その人に……おっちゃんに何してやがんだてめええええッ!!」



 胸に突き刺さる剣。


 口元から血反吐を垂らしたおっちゃんが、俺を見てわずかに顔を歪めた。


 全身の毛が逆立つのを感じる。


 鈍痛にも似た熱の奔流を頭に感じながら、俺は大鎌を駆った。


 

「チッ、手元が狂ったか——」



 おっちゃんの胸に剣を穿つ、漆黒の騎士。


 即座に剣を引き抜くと、俺の全力を込めた斬撃を軽々と受け止めやがった。


 激しく吹き荒ぶ剣圧の応酬が蜘蛛の巣状に地面を砕き、刹那——



「貴様ほどの手練れなら、あるいは知っているかもしれんな」



 大鎌と火花を散らしせめぎ合う黒剣に、光が収束されていく。


 察知系のスキルを取っていない俺でもわかるほどに、膨大な魔力がそこに集まっていた。


 勘が叫ぶ。あれは、マズい——



「ウユカという男を知っているか?」


「———っ」



 問いと同時に放たれる黒閃。膨大な質量をまとった漆黒の輝きが斬撃となって俺を吹き飛ばした。



「ぶ——ばッ!?」



 いくつもの家屋を薙ぎ払いながら進軍する黒閃。ようやく消失した頃には、町の四分の一が壊滅していた。


 

「我が闇の煌めきを逸らしたか。なんという男だ」


「……て、めえ。魔族だろ……」


「その通り。そして先は気がつかなかったが、その鎌がまとう魔素……そうか、貴様か。ならウユカの居場所を吐き出させてから、殺す」


「上等……ッ」



 額から流れる血が目に入るのも厭わず、俺は得物をす。



『あの鎧、魔素を吸収している』



 そうか。そりゃ、当然だろう。シスフェリアを追ってたんだ。魔素対策ぐらいはしているはず。今さら驚きはしない。



『勝てる?』



 当然だ。負けるつもりは毛頭ないし、すぐぶっ倒しておっちゃんを助ける。



「てめえだけは絶対に殺す」


おどけが、強い言葉を吐くなよ。滑稽に映えるぞ」



 見下したように宣う黒騎士へ、俺は大鎌を走らせた。





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