012 借金

「あ……蝶々」



 パタパタパタ。そんな足音を鳴らして、シスフェリアがアゲハ蝶を追いかけて行った。

 

 俺もその後を追おうとして、背後からユズキに阻まれる。



「ちょっと待ってよ、どうして逃げるのぉ?」


「気安く男の手を握るんじゃない」


「女の子振り回してアヘってるユウキくんにも同じことを言いたいよ」



 女子がアヘってるとか言うなよ。モテないぞ。


 と、そうこうしているうちにシスフェリアは町を出て行ってしまった。ひらひらと舞うアゲハ蝶に続いて、街道へ。


 俺も彼女にならってアゲハ蝶を……いや、シスフェリアを追いかけまわしたいのだが、ユズキはご立腹ですと言いたげな表情で俺の手首を掴んで離さない。


 仕方がねえ。話だけでも聞いてやるか。



「話があるなら野球拳でもやりながら聞いてやる」


「いいけど……見聞色の覇気使いであるわたしにジャンケンで勝てるとでも?」


「◯NE PIECEかよ」


「ユズユズの実の能力者です」


「へえ、馬鹿だなかわいいな


「えへへっ」



 言葉通りに受け取ったユズキはとても嬉しそうにはにかんだ。


 

「――それで、話ってなによ」


「ああ、そうだった。すっかり忘れてたよ。ユズユズの実の能力ってどういうものかって話だったよね?」


「いや、至極どうでもいいし」


「しごくって、ユウキくん……相当溜まってるね……えへっ」


「おいビッチ、飲み物買ってこい」


「はぁい♡」



 小学生みたいな下ネタ感度のユズキは、甘ったるい声を上げて屋台に走って行った。


 その間に、俺はシスフェリアの元へ向かう。



「それにしても……また借金がかさんだな……」


 

 ただでさえ、ユズキのノリが面倒くさいってのに、金銭問題まで絡んでくると憂鬱だ。



 ――退院初日。



 退屈な療養期間を終え、さあこれから楽しい異世界ライフを送るぞと意気揚々に病室を出た俺を待っていたのは、領収書をもったユズキだった。


 四〇万ディラ。



『どうせユウキくん、一ディラも持っていないでしょうから、わたしがお金を肩代わりしておきましたっ♪』



 治療費及び病室代(個室)二週間分及び食事代云々を含めた四〇万ディラを、ユズキが肩代わりしてくれていたのだ。


 もちろん肩代わりなので、返さなくちゃいけないわけで。



『また借金が膨れ上がったねえ。でもでも、大丈夫だよぉ。わたし、利子とかつけないし? ユウキくんとはこれからも仲良くしていきたいので、破格の条件でからっ』


『契約? ああ、えっと諸々ありますけどぉ、覚えておいてほしいのは《契約義務に違反した際は、契約主の奴隷となる》――これだけかな♪』


『ちなみに、ユウキくんが寝ている間に血判を押したので、もうどこにも逃げられないよっ♡ どこにいたってわかるから♡』


『しっかり稼いでね、ユ・ウ・キくん?』



 以上、回想終わり。


 勢いで拳を振り抜いてしまった俺を、いったい誰が責められようか。


 

「……しかし、助かったのも事実で」



 もしその場で治療費を支払うことができなかったら、ボランティアスタッフとして働かなくてはいけないところだった。


 恐るべきその日数は、一〇ディラ×一日。


 俺の場合、四〇万の治療費だから……——考えただけで寒気が止まらない。



「くそ、この世界には三割負担とか充実した保険制度とかねえのかよ……」



 改めて、保険証の偉大さを知った。もう二度と病院にはいかないと心に固く誓い、



「シスフェリア、転ばないように気をつけろよ」


「ん」



 アゲハ蝶を追うシスフェリアの尻を追う。


 かわいいなあ、シスフェリア。


 名前もかわいいが、顔もかわいい。


 もう一度抱きしめたいなあ。



「ゆぅぅきくぅぅんっ♡」


「……チッ」


「いま露骨に舌打ちしたよねえっ!?」



 こいつを見ると、借金のことを思い出す。


 スキルポイントといい、俺はそういう星の元で生まれたのだろうか。



「借金を返すために金を稼ぐっていうのは、あまり乗り気じゃねえな……」



 とはいえ、返していかないと俺はこの雌豚の奴隷になってしまう。


 聞くところによると、一度血判を押してしまうと、正式な方法でしか解呪できないらしい。


 寝込みを襲われた挙句にそんな契約を結ばされるとは、恐ろしすぎるだろ異世界。



「ふんふん、対策を施していなかったユウキくんがイケないんだよぉ? この世界では基本中の基本、一番最初に教わる術です」


「へえ」


「ほらほら、わたしみたいなちょーきゃわな女の子、すぐ奴隷商に売り飛ばされそーじゃなぁい?」


「たしかに」


「えへへっ」


うざいなかわいいな、おまえ」


「にゃへへへっ――あ、ユウキくん。ジュース、どぉぞ♪」


「あざ」



 ムカつくが、仕方がない。しばらくは俺の財布になってもらうのだから。


 契約に期限はない。つまり、借金を返そうとする誠意さえ見せておけば契約違反にはならない。


 そのまま、なんとかうまく日本に戻れないだろうか。


 流石に、こっち側の法が日本にまで通用する、なんてことはないだろう。


 

「あ……蝶々」



 ユズキの買ってきたジュースで喉を潤していると、シスフェリアがちいさく声をもらした。


 視線を上げると、



「……ごめんなさい」


「……アゲハ蝶が……死んだ……触れただけで」



 地上に落下したアゲハ蝶――だったもの。


 いつかみた魔族のように、原型もとどめぬほど腐敗し腐臭を撒き散らすそれは、つい先ほどまで優雅に宙を踊っていた蝶とは思えぬ歪な姿。


 アホっぽい面を引っ込めて、ユズキはシスフェリアを睨みつけた。



「ユウキくん。彼女、本当に何者なの?」


「……さあ」



 俺だってわからない。



「どうして、触れただけで殺せるのなら、わたしとユウキくんに害はないの?」



 あの魔族や魔物は、彼女大鎌に触れただけで死に至る。


 ならば、それの使用者は?


 俺はともかく、なぜユズキに害はない?


 対象を選べるのなら、アゲハ蝶だって殺しはしないはず。



「彼女が知らないって言うんだから知らないんだろ。無理に聞き出す必要もないし、俺らに害がなければそれでいい」


「……。そこについては、話に聞いたウユカって男に聞きましょ」



 ウユカ――俺に彼女を押し付けて、消えていった同郷のチャラ男。


 彼女に関してなにか知っているであろう人物は、今のところウユカと魔族だけだろう。



「そのウユカさんを見つけるためにも、さっきの話……どうでしょう?」


「冒険者……か」



 たしかに、異世界モノの定番だよな。冒険者は。


 冒険者カードは身分証にもなるっていうし、身元不明の異世界人にはありがたい。



「わたしは救援信号を見て駆けつけたの。それを扱えるのはわたしたち冒険者か、王都近隣の各町の長や上級貴族だけ。聞いた感じだと、冒険者っていうのが一番当てはまると思うんだけどな」


「いや、確かあいつフリーの盗賊とか言ってたぞ」


「なによそれは」



 俺が聞きたいよ。



「ともかく、生計を立てる意味でも冒険者がオススメだよ。ほら、どのラノベでも冒険者やってるでしょ? まさか異世界に来てまで土掘ったり荷物運んだり汗水垂らして朝から晩まで肉体労働するつもり? カズマですかあなた」


 

 本人だってやりたくてやってたわけじゃないだろうに。



「そんなの日本に帰ってからでもやれるよ? 今しかできないことをやろーよっ!」


「むぅ……」


「むしろどうしてそこまで頑なに拒むのかわかりませんなあ、わたし」



 それは、おまえが原因だよ。



「え、わたし?」


「俺の心を読むな」


「そんなあ……ユズキと一緒にいると意識しちゃって、仕事に集中できないとかそんな感じですか? 好きになっちゃいますか? 彼氏持ちのわたしのこと、愛しちゃいますか?♡」


「うぜえ」



 半分うざいが、半分的を射ているので反論しようもない。


 これを見ているみんな……考えてみてほしい。

 

 相手は同じ同郷の出身で、かわいくて、ロリ体型のくせに胸がでけえ。


 距離感バグってるから近いし、メンヘラ気質なのも最高じゃないか。


 不安だらけの異世界で、同郷出身の相棒はどれだけ心強いだろうか。


 好きになるだろ。これだけ材料が揃っていれば。


 だが、思い出してほしい。


 こいつ、彼氏持ちだぜ?


 いやいやいや、寝取れって言ったヤツ。おまえバカか。


 出所した犯罪者の出戻り率って知ってるか? 約五〇パーセントだぜ?


 二人に一人は再犯してるんだぜ?


 なら、彼氏持ちの女寝取ったらさ。


 女を寝取られるんだぜ? 

 

 意味がわからない? 男からしたらそうかもしれないけどさ、女からしてみれば、一回浮気しちゃったんだし二回目も三回目もあんま変わんないよねーってこと。


 つまり、だ。



「な、なんだよぉ、そんなに見つめてきてぇ……♡」



 材料、揃ってるだろ。寝取られそうな地雷女の材料が。


 寝取ってくださいと言わんばかりに、そこに佇んでいやがるだろ。


 これはあれだぜ。俺がちょっと遠くに行ってしばらく会えない時期があったとして。


 しばらくぶりに出逢ったら、他の男に寝取られてるヤツだぜ?


 あーあ、言わんこっちゃない。


 そいつもろとも殺した後、俺は思い出すのさ。


 そういえば俺、こいつを寝取ったんだった——ってな。



「あのあのあの、もう挿れて欲しいです……っ♡」


「どっか行けよビッチ」


「やんっ」



 兄貴だったら、きっと迷うことなく手ぇ出してるんだろうな。


 まあともかく、



「……冒険者になるかあ」


「やったあ♡」


「ん。冒険者、賛成」



 喜ぶユズキは置いておき、意外にも食いついてきたのはシスフェリアだった。



「興味あるのか、冒険者?」


「ん。私をたおしたの、冒険者だから」




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