031 私の救世主

 いつから、きみをただの武器だと思い始めていたのだろうか。


 最初は、違ったと思う。


 彼女を彼女として扱っていた。武器ではなく、一人の少女として。


 俺が惚れた、美しい少女。


 ただ、そんなことを忘れさせるほどの出来事が一度にたくさんやってきたから。


 俺は、戦わなくちゃいけなくて。


 立ち塞がる敵すべてが、俺よりも強くて。


 ただただ、がむしゃらに立ち向かうしかなかった。


 体も傷だらけで、何度も心を折られそうになって。


 俺は、弱い。

 こんなにも、弱い。

 

 どれだけ啖呵を重ねようと、何度気力を上書きしようと、力が足りない。


 アニメや漫画の主人公のように、そう簡単に強くなれない。

 

 俺は、たった一人の女の願いも、叶えられない。



『………』



 なあ、きみは今、どう思ってる?

 

 また自分の話ばかりしてるって思ってるか?


 それとも、負け犬の遠吠えくらいにしか思ってない?

 

 

『………』



 俺は、勝ちたい。

 もう負けたくない。


 自分のことばかりで精一杯になって、周りが見えなくて。


 でも、でも。

 負けたくないんだ。

 勝ちたい。

 けど、勝てないんだ。


 それは、やっぱり答えは明白で。


 エミネミの言った通り、なんだと思う。


 みろよ。あいつ、魔剣に頼りすぎじゃね?


 でも、だから強い。一人で戦ってないんだ。


 ズルイって、俺は思わないし思えない。


 だってあいつ自身とてつもなく強えんだ。


 魔剣の力がなくとも、俺は彼女に勝てない。



『………』



 思えばさ、俺、ずっとみんなに支えらて戦ってきてたんだよ。


 ボクシングの世界もそうだった。


 リングの上に立って戦うのは一人だ。


 けど、一人じゃない。


 セコンドがいて、オヤジがいて。


 応援してくれる同じジムの連中やファンもいて。


 そいつら全員に支えられて、俺は王者になったんだ。


 俺一人だったら、世界の舞台に立つことすらできない。


 一人じゃ、戦えないんだ。



『…………、……ん』



 俺はこの世界に来て、一番大事なことを見失ってた。


 一人で戦ってるつもりだった。


 けど、そんなこと、なかったのにな。



『………ん』



 ありがとう。ずっと、俺のそばにいてくれてたのに。


 ずっと、一緒に戦ってくれてたのに。


 俺、きみのことを、信じていなかった。


 戦ってるのは俺一人だって、勝手に酔ってただけだった。


 だから、きみは怒ってたんだろ?


 一人で戦おうとしてたから。


 きみを、頼らなかったから。

 


『……ん』



 ごめんな。もう、きみを蔑ろになんてしない。

 一人で戦ってるなんて思わない。


 だから。

 


『うん。一緒に』



 一緒に、戦おう。







「ふ——余計なことをしてしまったかな」



 今まさに振り下ろされた斬撃は、刹那に割り込んできた刃によって阻まれた。


 弾け四散する強大な衝撃波が防御をすり抜け、地面を砕きめくれ上がらせる。筆舌に尽くしがたい威力を孕んだ魔閃を受けて止めて、無事ではいられるはずがない。そう、エミネミはどこか俯瞰したところで笑った。


 そう、無事でいられるはずがないのだ。ましてや片膝をつき、こうべを垂れたその状態で。


 しかし、現に生きている。衝撃など諸共せずに、片手で持ち上げた大鎌だけで、斬撃を受け止めていた。


 異常すぎるその光景を前にして、エミネミは嘆息に近い笑みを浮かべた。



「遅すぎるんだよ。私の救世主」


「……ああ。すまなかった。そして、ありがとう」



 返答は、



「満足させてやるから魔力を込めろ」


「ははっ——」



 紫色の一閃によって返された。


 魔剣を押し返す強靭な斬撃は、エミネミを数メートル後方に押しやるだけでなく、周囲の自然を瞬く間に腐食させた。

 

 まるで生命を根の奥底から犯し腐らせるように、発せられる猛毒の気配はエミネミの左半身をも食い破る。


 ドロりと、腐れ落ちていくエミネミの肉体の一部。もはや痛みさえ感じない、禍々しい呪いと怨嗟に満ち満ちた魔素の災厄に、彼女はそれでも精神を曇らせることはなかった。


 否、それどころか、穢れを負ってなお光り輝き燃焼する黒星のごとく。



「なあ、ユウキ。好きだよ——愛してる」


「俺もだ、エミネミ」


「シェディって呼んでくれ。それが、本当の私だ」



 互いに得物を構え、膨れ上がらせる闘気。


 天上にまで膨れ上がる二色は、闇雲あんうんの黒と猛毒の紫。



「シェディ。来世で会ったときは、俺と一度は付き合ってくれよ」


「ああ、考えておこう。貴様がそれなりの根性を魅せてくれればな」



 生死を厭わない。後先のことなんて知らない。


 もう世界がどうなったっていい。


 ただ、この一撃を手向けに。


 愛おしい、我が好敵手へ——全力の愛を。



闇雲星・凶鳴の王シュワルツシルト・コラプサー——」


魔業瘴気・謳う猛毒の厄竜ザーリヤート・ディース・パテル——」














《——Lv.300へと到達しました。よって、魔王七柱の情報が解禁されました》











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