030 燃焼、命

 宵のとばりを裂くように、剣戟が反響した。


 月光の下、闇雲を刃に纏わせたエミネミが横薙ぎに魔剣を振るう。跳躍し避けた俺は、数瞬前まで踏み下ろしていたその場所を見て顔を引き攣らせる。


 まるで超特大の刃が駆け抜けていったかのように、背後の木々が広範囲にわたって薙ぎ払われていた。

 

 相変わらずの出鱈目さ。身体を侵されているというのに、遠慮がない。

 


「そんな突っ走って大丈夫かよ!」


「言っただろう。私は、騎士として死ぬ。全力で貴様を殺すことに命を燃焼させるッ」


 

 頭上より振り下ろした大鎌と漆黒の魔剣が重なり、火花を散らす。

 死ぬことを厭わない、すでに振り切ったエミネミはやはり強かった。

 しかし、



「——つぅッ」



 鍔迫り合いはすぐに崩れた。エミネミの身体を蝕んでいた吸血鬼の血が加速する。頬まで伸びていた血管はすでに瞳を侵し、彼女のきれいな碧色が赤黒く染まっていた。加えて、



「ふ、ふふ、ははは……フルコースだな。吸血鬼の毒に、大量の魔素か」



 シスフェリアが纏い、生み出す致死量の魔素。


 常人ならば彼女に一度触れただけで死に至らしめる極上の毒を、エミネミはすでに三度、魔剣を通して触れていた。


 彼女の騎士らしからぬ白い肌は、とうに黒く汚されていた。今では、白い部分を探す方が難しい。

 


「だからこそ、もう何も、私を退かせるものがない。堰き止めるものは、何も——ッ!」



 両のから血の涙を流して、魔剣が煌めく。態勢を崩したその姿勢のまま、エミネミは黒閃を放った。

 


闇雲星・凶鳴の王シュワルツシルト・コラプサーぁぁぁッ!」


「っ、おおおぉぉぉッ———!」



 真正面からその一撃を受け止める。

 強い。とてつもなく。

 こっちは全く手加減をしているつもりなんてないのに。

 

 明らかなハンデを抱えているというのに、なんて強さだ……!



「エミネミ……ッ」


 

 下唇を噛み締める。

 このまま、時間を稼げば自ずと勝敗は決する。

 あと何分だ?

 二分か? 三分か? それとも五分? 十分は保たないだろう。


 常軌を逸する気力と根性で毒を抑え込んでいるとはいえ、これだけ暴れてれば進行は速くなる。


 下手すれば、十秒後には力尽きているかもしれない。


 ——俺は、それを待つのか?


 ——このまま、防戦一方で待つのか?


 ——その果てに手にした勝利は、勝利と呼べるのだろうか。


 答えは、否。



「これは、願いなんだ」



 理想を追い求めた騎士の、最期の願い。

 戦って死にたい。職務を全うし殉職する、一人の騎士でありたい。


 そんな彼女の、最期の相手に選ばれた俺が、手も足も出ずに時間切れを待つなんて——



「そんな恥知らずなこと、できるかよ……ッ」



 彼女を救いたい。

 その方法を、俺なりに叶えてやれるとしたら。



「ぶっ倒す……エミネミ、てめえを敗北させた男を、あの世でもしっかり憶えてろよ……ッ」



 至高の戦の果てに、彼女を満足させる。

 熱く燃えたぎる、胸躍るような熱量と熱量の最中で。

 

 だから、だから、だから——。



「吹っ飛べぇぇぇぇぇッッ!!」



 絶叫と共に、黒閃を薙ぎ払う。

 点は視えていた。負けていたのは、俺の精神。


 

「エミネミ……ッ!!」


「素敵だ、来い……ユウキぃッ!!」



 晴れた視界の向こう。随分と景気のいい様相と化したエミネミへ、俺は疾走を始めた。


 一瞬で間合いを詰め、首を刈り獲らんと振るう大鎌の軌跡は魔剣によって弾かれる。二度も同じ手は効かないと笑う彼女は、瞬きのうちに三度の剣撃を放った。


 それら全てに込められた闇雲の魔力が俺の体を三方向から切り裂き、月明かりへ向かって血飛沫が舞う。


 だが、倒れない。

 反撃は織り込み済みなんだよ、舐めんじゃねえッ!



「かっ、あああああああ——!!」


「はは、そう来なくては死んでも死にきれんッ!」



 痛みを食いしばり、大鎌を駆る俺へエミネミは魔剣を滑らせる。容易く軌道を逸らされ、見出された急所へエミネミの蹴りが炸裂した。


 くの字に曲がり後方へ押し返される俺へ、エミネミは憂うように魔剣を掲げた。

 

 ぞわりと、全身の毛穴が開く。

 致命的な隙——ひんやりとした冷たさが、俺の心臓を撫でた。



「最期に教えてやる、ユウキ」


「———」


「貴様は、一人で戦ってるつもりなんだろう」



 月光すらも曇らす魔剣の輝きを見上げながら、膝をついた俺は、何も言葉を発することができなかった。



「滑稽に映えるぞ。なにをカッコつけている。独りがそんなに、楽しいか?」


「俺、は——」


「信じてみろ、彼女を。得物をただの武器として扱うな」



 少なくとも、貴様の持つそれには意思がある。それをよく理解しているのは、貴様だろう。ユウキ——




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