032 墓標

「……ありがとう。シス。手伝ってくれて」


「……ん。当たり前」



 ようやく出来上がった墓石の前で、俺は大の字になって倒れた。


 疲れた。


 体の節々が痛いし、とてつもなく重い。


 エミネミの野郎、最期の最期でやってくれたぜ。



「まったく……なんて女だよ」


 

 本当に、いい女すぎて泣けてくる。


 出会い方さえ違えば、俺はきっと、彼女にぞっこんだったに違いない。



「ユウキは、ああいう女がすき?」


「……まあ。憧れるよな。カッコいいと思う」


「そう。私も、なれるかな」


「なれるって……どういう?」



 俺の隣でしゃがみながら、墓石に手を合わせるシスフェリア。


 珍しい感情の起伏に、俺は驚いていた。



「わかるよ。カッコいい。私も、エミネミみたいになりたい」


「……なれるよ。カッコいい女に」


「……ん。がんばる」



 どんな心境の変化があったのかは、訊かなくともわかる。


 俺とシスフェリアは、以前よりも強く繋がっていた。


 同化……その言葉がよく当てはまるだろう。


 彼女が何を考えているのか、思っているのか。手に取るようにわかる。その逆も多分、筒抜け。

 

 空っぽに近い、空虚な胸に注がれたのは、俺の意思とエミネミがもたらした憧憬願い


 シスフェリアは今、変わろうとしていた。


 空白のキャンパスに塗る色を、彼女は見定めたのだ。



「ユウキ。私のパンツ見てた。興奮したの?」


「……っ、いやおまえ、急に何を……!?」


「黒縞模様。ガン見してたんだ」


「———!?」



 より強く同化した弊害か。どうやら俺の記憶を覗かれているようだった。


 どうやるんだそれ。

 俺にだって記憶を覗かせろ。ずるいぞ。



「みたい?」


「み、見たい……けど、今じゃない!」



 そんな元気ないし。もし膨れ上がったら、シスがどうにかしてくれるのか?



「………」


「………シス? も、もしかして……」



 気のせい……じゃないよな?

 いやまさか、だってあのシスフェリアが……まさか、



「恥ずかしがってる……のか?」


「………」



 若干、赤くなっている顔。


 まるで無機物のように、感情を見せず微動だにしていなかったあのシスフェリアが。

 

 俺の言葉を読み取って、赤面している……?



「な、なんか……成長したんだな」


「……うるさい」


「娘が女になっていく過程を見ているかのようだ……」



 ぷいっと視線を逸らすシスフェリアがかわいくて、俺はニヤニヤと頬を綻ばせながら空を見た。


 いつの間にか迎えた夜明け。


 徐々に明るくなっていく瑠璃色を感じながら、俺は目を瞑る。

 

 瞼の裏で薄く、エミネミが笑う。

 かすかに感じる、彼女の匂い。

 俺は目を瞑るたびに、彼女を思い出そう。


 理想と主に殉じた、美しい騎士の姿を。




「——お初にお目にかかります。ユウキ様」




 音も気配もなく、現れたその女はまるで服従するように俺へ膝をつき、首をたれた。



「私はルミカ。四凶の一人、窮奇きゅうきのフーゴ様がお待ちです。どうか、我が国へお越しくださいませ」



 突然現れたそいつへ、視線だけを向けて思う。

 

 こいつ——やべえくらい強え。

 

 瞼を閉じ、膝をつき、頭を垂れた姿勢のどこにも隙が見当たらない。


 恐ろしさを通り越して、闘争心が湧き上がってきた。


 ぜひ、立ち会ってもらいたい。


 聞き入れてもらえるかどうかはさておき、頼んでみる価値はありそうだった。



「私は使者です。貴方様と刃を交えるつもりはありませんのでご了承を」



 すっかり見抜かれていた俺の闘争心に釘を刺して、ルミカと名乗った妖女は顔を上げる。


 身長とスタイルの割に可愛らしい顔つきの彼女は、面白いくらいに俺好みの女だった。



「お連れ様もお待ちです」


「ユズキと……聖十郎か?」


「はい。それと町の生き残りも数名、回収しております」


「町の……生き残りがいたのか? おっちゃんは……?」


「ご自身の目で確かめた方がよろしいかと」



 それもその通りだな。

 

 頷いた俺は立ち上がり、墓石に目を向けた。



「エミネミ……いや、シェディ。おまえの意思は、俺が貰ってくぞ」


「置いていかない。ずっと、一緒」



 魔剣と漆黒の鎧。


 それら形見である装備品にシスフェリアが触れると、瞬く間に霧散して彼女のなかへ吸い込まれていった。


 

《装備品『凶相の黒甲冑』より固有スキルを抽出しました。

 固有スキル『我が生涯に敗北は非ずアルダー・ウィーラーフ』を獲得。これより、肉体の損傷度合により殺傷力に補正が掛かります》




「って待て、シス。おまえ今……シェディの赤パンツ穿いてるのか……?!」


「……うるさい」







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