028 死にゆく

 悪戦苦闘の末、十匹の魚を捕まえてきた俺は、やはりというか思い通りにはことを運ぶことができなかった。


 

「貴様の魂胆が見え見えで反吐が出るわ」



 そんなお言葉をいただき、俺は仕方なく諦めることにした。さすが黒騎士。そうユズキのようにチョロくないか。



「んで、色々と話を訊かせろよ。おまえのこと」


「なぜ話さなくてはならなん」



 焚き火を囲い、焼き魚で腹を満たした俺たちは、沈んでいく夕陽を眺めていた。



「このままぼーっとしてたら眠くなっちまうだろ」


「勝手に寝てろ。というか、貴様は仲間を探さなくてはいいのか?」


「あ? まあ、俺の場合は下手に動かない方がいいんだよ。ユズキってのに厄介な契約を押し付けられててな。俺の居場所はどこにいたってわかるんだと」



 自分で言っていて腹が立ってくるが、今は甘んじる。



「だから俺はあいつが来るのを待つ。合流すりゃ、あいつの索敵スキルでもう一人も見つけられるだろうし」



 聖十郎は成り行きだが、まあ一応おなじ異崩人エトランゼだ。一緒に来るかどうかはさておき、一旦落ち合っておいて損はないだろう。


 オーガは……あいつこそ、変に考える必要はない。次会ったら、それがどんな状況下であろうと蹴りを着ける。ただそれだけだ。



「おまえはどうなんだ? 仲間は生きてんのか?」


「……いや。生き残ったのは私だけだ」


「全滅した? おまえらほどの手練れが、どうして全滅なんか……。ゾンビにやられたワケじゃ、ないんだろ?」



 エミネミが隊長を務めるのだ。追随する部下が生半可な実力ではないだろうし、それは筆頭する彼女と剣を交わせばわかる。


 たかがゾンビに遅れをとるような部下たちではないはずだ。



「……私が殺したんだ」


「……おまえが?」



 歪み切ったエミネミの表情を見て、それがどういった経緯であれ不本意なことだったのは間違いないと知った。



「……そういや、ウユカを知ってるかとか、言ってたな」


「っ、あいつを知っているのか? なら居場所を教えろ。私は、私が死ぬ前にあいつを——くっ」


「おい、大丈夫か?」



 俺の胸ぐらを掴んだ姿勢のまま、呻いて顔を俯かせるエミネミ。首元まで侵食していた赤黒い血管が、ピキピキと頬にまで達していた。


 恐らく、彼女のゾンビ化は近いのだろう。どういうワケか他の者より進行が遅いようだが、それも時間の問題か。



「それ、どうにかならねえのか? なんか薬だったり魔法だったりで治ったりは……」


「そんなものはない。探すだけ無駄だ。これは魔王の力だぞ。癒すことなど、できん……!」


「魔王……っ?! じゃあ、なんだ。あのゾンビは、魔王の仕業か?!」


「第六位魔王オルファレヌ。……あれは死者ではなく、正確には吸血鬼の成れの果て、出来損ないだ。そんな劣等種に血を植え付けられれば、同じ劣等種ができるのは自明の理」



 吸血、鬼……。

 そっちの、パターンか。


 そして第六位魔王は、吸血鬼の王——。



「なんとか、ふぁっ、つ……魔剣の力で血の侵食を抑えているが、限界だ。あと数時間……いや戦闘を挟めば十分も保たないだろうな。だが、それまでに、なんとしてでもあの男を……」



 だから、と。


 エミネミは、懇願するように俺を下から覗いた。



「ヤツを知っているのなら、居場所を教えてくれ。私は、ヤツを殺して仲間達の仇を討ちたい。塗られた汚名をそそぎたい。そうでなければ、私は——彼らに、死んでいった彼らとその家族に、顔向けができない……っ」


「……悪いが……俺は、あいつが今どこにいるのかはわからない」



 エミネミの想いに触れて、俺は役に立てないことを恥じた。


 胸が張り裂けそうな痛み。きっと俺が感じたもの以上の痛みを、エミネミは抱えているのだろう。


 吸血鬼と化していく恐怖と痛み。それらをねじ伏せてしまうほどの慟哭痛みが、彼女の内にわだかまっている。

 

 俺の返答に、エミネミは静かに掴んでいた手を離した。



「……そうか。すまなかった」


「いや……悪いな。俺は一度だけ、あいつと会って彼女を受け取っただけなんだ」



 俺の内側で眠るシスフェリア。いや、眠っているのか起きているのかはわからない。魔王との戦闘中から……いや、その前。確かエミネミとの戦闘時に喋ったきり、一言も発する事なく彼女は気配を殺していた。


 誰とも話したくないし会いたくない。なんとなく、そんな感情が伝わってきていたから俺は彼女に話しかけていなかった。



「そうか。本来なら、それの回収が私の任なんだが……目を瞑ろう」


「いいのかよ。仕えてる主人の命令なんだろ?」


「そうだ。この身朽ち果てようとも達成しなくてはならない厳命だ。しかし、今の私に、それができるだけの時間も力もない」



 自嘲気味に笑うエミネミ。いつの間にか浮かび上がっていた月の明かりに照らされた彼女は、ひどく脆い、今にも掻き消えてしまいそうな蛍の光じみていた。



「本当に……どうしようもないのか?」


「ふん……くどいぞ。仮にどうにかする方法があったとして、それを敵である貴様が与えようとでもいうのか?」


「か、勘違いすんなよ……まだ決着がついてないからな。おまえに今死なれると、困るんだよ」



 ツンデレっぽく言ってみたが。

 

 エミネミは、儚く笑うだけだった。


 調子が狂うな。バカにしてくれれば、まだ救われたのに。



「本当に、よくわからんヤツだ」


「それはこっちの科白セリフだよ」



 とん、と俺の胸に顔を埋めたエミネミ。長い髪から漂ってくる不思議な匂いを、俺はきっと永遠に忘れないだろう。



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