020 曇天
「——一ついいか?」
ユズキのとんでもない発言に固まって動けない俺をよそに、ペスト野郎が手を挙げた。
「さっきから話を聞いている感じだと貴様ら……」
どことなく嬉しさの滲んだ声音で、表情の見えないそいつは言った。
「もしかして、異世界転移者か?」
「……。今さらそんなことかよ」
「今大事な話をしてるから、ちょっと黙ってて」
「………ふ」
そんな俺らの言葉など届いていないと言わんばかりに、
「ふはははははは、ふふふふ、はははははははは!!」
ペスト野郎は唐突に笑い声を上げた。
「そうかそうか、なるほどそういうことか。ああ、故にそうか。貴様だったのか——ユウキ」
「は?」
「貴様は、なぜこの地に立っている?」
「……は?」
「何を正義として謳い、この地に
「……は?」
意味がわからん。いったい、どうしたんだこいつは。
「いや、無粋か。問答は刃を交えればわかる——なあ、
「………」
殺気立つペスト野郎のよくわからんハイテンションに、俺はついていけない。
今すぐにでも殺しにかかってきそうなペスト野郎だが、そんなことよりも——
「どういうことだよ、ユズキ。シスを……どうしろって?」
そんなことよりも、ユズキの言葉が気に食わない。
返答次第では、こいつを殴り飛ばさなくてはならなくなってしまうから。
「ユウキくんの気持ちはわかるよ。強い武器を手に入れて、それを手放すってのはとても難しい決断だと思う。けど、いくら強力でも、自滅を招くような武器に頼っちゃいけない」
うっすらと感じる齟齬。
それはきっと、俺とユズキでは、シスフェリアに対する想いが違うから。
「これはユウキくんのためを思って言ってるんだよ」
俺のため……ね。
「そうね。そうかもね。でも、おまえ、少し前に言っただろうが。もう忘れたのかよ」
ユズキの目が細まる。静かに膨らむ怒気。どうしてわかってくれないのと、彼女の瞳が訴えてくる。
しかし、
「俺は違うかもしれないだろ。他のヤツがどうだか知らないし無理だったからって、俺ができないって道理はねえ」
「そうだッ! よくぞ言った我が友よッ」
俺の許容量はめちゃくちゃデケエかも知れないだろ。実際、これだけシスフェリアを使っていても異常はないんだ。いやむしろ、この空間に来てからか随分と調子がいい。
「絶対に自滅なんてしないし、迷惑はかけねえ」
「ふん、迷惑をかけていない人間など存在せん。迷惑をかけるのは当たり前だ。助けるのもまた道理。故に、迷惑をかけたのなら、その分他者を助けてやれ。それが人間の、真の姿だ」
「でも……!」
「いい加減分かれよ。短くもねえ関係だろ。引き下がるのはおまえの方だぜ」
まだ言い足りないのか、言葉を選ぶユズキの唇に人差し指を押し付けて閉ざす。
「もし、仮に……俺に何かあったらそん時はおまえが助けろ」
「……え?」
「案ずるな。我は、貴様を信じている」
「どうにかしてくれんだろ? なんたっておまえ、俺に惚れてるだろ」
「どうしようもなくな。目を見ればわかる」
「だから」
「「信じてみろよ、おまえの惚れた男を」」
「………」
「………」
「おまえさっきからうるせえよッ!?」
「ふぅっははっははははははは!!」
俺の決め台詞被せてくるし、割って入ってくるから一周回ってダサくなってるし。
このペスト野郎のせいで台無しだった。めちゃくちゃ恥ずかしい。穴があったら挿れたい。
「あー……ユウキくん、わたし、彼氏いるの忘れてない……?」
「うるせえ。うるせえよおまえ、いいからとっととダンジョンから出るぞ!!」
「……はぁい♡」
結局、ペスト野郎のせいで話はグダグダになって終わってしまったが。
ともかく、俺はシスフェリアを手放す気はないし、魔素に呑まれて死ぬ気も毛頭ない。
俺は死なねえ。
まだ決着をつけてねえ野郎だっているし、この世界には自称最強がウヨウヨいやがる。
そのすべてを全員ぶっ潰して、俺が最強だと知らしめ、そして俺は母ちゃんのいる日本に帰りたい。
いつか夢は覚めるんだ。いつまでも、この世界には居られない。
その予感だけは、強く感じているから。
「跳びますよ。——っと、そういえばペストくん。きみの名前、まだ聞いてなかったけど」
「聖十郎だ。好きに呼ぶといい」
「じゃあセージューロー、ユウキくん。外に転移するよ」
眩い光の後、俺たちはダンジョンの外に転移していた。
いつかと同じ鉛色の空。どんよりとした嫌な空気に、俺は胸騒ぎを覚えていた。
「いつぶりの外だろうな……懐かしいが、感慨に耽っている暇はなさそうだ」
「まさか、あの触手が這い上がってきてる?」
「否——見ろ」
ペスト野郎——もとい聖十郎と名乗った男は、北の方角を指差した。
「確か、あの方向には町があったな」
「あれ、黒煙……!?」
「魔物か、あるいは……匂うぞ。強者の気配だ。メインディッシュの前の、前菜と行こうか」
言って、聖十郎は黒煙の方へと走って行く。
「あ、ちょ、転移したほうが速いよ!?」
「馬鹿が。敵兵の索敵範囲内に不用意に飛び込む馬鹿がどこにいる?」
「ば……っ!? しかも、二回も!?」
「黙って後ろからついて来い、馬鹿女。我の邪魔にならないよう、ストリップしながらな」
「あんた、モテないでしょ?」
「——な、に……?」
ドヤ顔で腕を組むユズキと、硬直する聖十郎。
どこかで見たことがある光景だったが、気にする余裕はない。
「急ぐぞ。おっちゃんが心配だ」
「うん、行こう」
「聖十郎、おまえも手伝え」
「フン……無論だとも」
俺たちは森の中を走る。
いよいよ降り始めた雨のなかを。
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